李氏朝鮮の兵力について

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    • 1名無し2017/01/03(Tue) 06:45:05ID:U0MDI2MjA(1/5)NG報告

      立憲君主制において君主は国民に対して国防の義務を負う代わりに、租税や身分制度などを施工する、と言うのが世界の常識です。
      ところが疑問なのが李氏朝鮮はとても外敵から守れるほどの兵力を有しておらず、外敵および内乱に対しては宗主国である中国の軍隊頼みだった節があることです。

      大韓帝国の兵力は1万人前後だったそうです。
      丙子の乱(1636~1637)の時に清のホンタイジは約10万の軍勢を率いて李氏朝鮮に攻め入っている為、最低でも2万~3万程度の兵力はあったように思えます。
      応仁の外乱(1419)の時対馬に攻め入った李氏朝鮮軍は1.7万人だったことを考えると、全兵力は最低でも倍(3.5万程度)はありそうです。

      日本の兵力は関ヶ原の戦い(1600)が8.8万vs8.5万でした。
      日清戦争(1894)は日本24万vs清国63万です。
      アヘン戦争(1840~1842)では清国は20万の兵力を動員しています。
      中国や日本に比べると小国であることを考慮しても1万人では抵抗すらできない兵力です。

      李氏朝鮮初期~中期についての兵力の情報はあまり手に入らなかったのですがご存知の方居ますでしょうか?
      またなぜ李氏朝鮮後期以降国防が初めから不可能なほど兵力が減ってしまったのか?理由が分かる方居ますでしょうか?

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