1910年8月18日に大韓帝国政府は日本と併合するべきかどうかについて閣議を開いた。
この閣議で李容植(イ・ヨンシク)学相は日本との併合には反対であると主張した。
しかし、他の閣僚全員が日本と併合するべきであるという意見だった。
この8月18日の閣議の結果を受け、
8月22日に大韓帝国の内閣は純宗皇帝の御前会議で日本との併合について話し合った。
併合に反対意見を主張した李容植(イ・ヨンシク)学相はこの御前会議を欠席した。
御前会議では大韓帝国が日本に併合して頂くことに全員が賛成し、純宗皇帝に承認された。
日本との併合に反対する閣僚もいたのだが、親日派が圧倒的に多かった。
自分たち朝鮮人には国家の経営をして行く能力が無いことを素直に認め、日本に併合をお願いすることを朝鮮人が自ら決定したのだ。
朝鮮は、なぜ日韓併合に合意したの?
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