>>36西洋 東洋でも官僚は時間が経てば腐るものソ連、中国の歴代王朝、日本も平安末期
でも朝鮮みたいに腐る時間が長いの珍しいな 100年は普通持たない 国民が飼いなされてる証拠両班「早く小韓属国になりたあ~い」
本間九介著クリストファー・W・A・スピルマン監修・解説『朝鮮雑記』両班より
「両班(ヤンバン)が何もなく日を過ごすさまは、
まったく閑々無事、日の出から日没にいたるまで、
何もすることがなく、ただ煙管をねぶって、一室で寝起きするのみである。
しかし、財産家の多くは、この両班の階級である。
彼らが官となって、庶民一般に対して暴斂(苛斂誅求)を尽くすことを、
俗言では、
「一人の代官を出せば、孫三代まで働かずに暮らせる」という。
そのなかでも、最も富を蓄えることができるのは、地方官になることである。
それで、国の大臣の地位にあるものさえも、
地方官に任じられるのを熱心に希望するのだという。
ああ、
*「爾俸爾禄、民膏民脂、下民易虐、上天難欺」
彼らが、どうして、報いを受けないといえるだろうか。
*「江戸中期、二本松藩(福島県)が藩士に向けた戒めの言葉
「お前たちのいただく俸禄は、
民の汗と脂の結晶である。
民は虐げやすいかもしれないが、
天を欺くことはできない。」
この言葉は今も現存する石碑に刻まれている。
ちなみに、本書の著者本間九介(如囚居士)は、二本松の出身である。」試験の不正疑惑
祖国氏の娘
祖国氏は現代の両班>>86
金萬德
1793年済州島で大干ばつが挙げるキム・マンドクは全財産を解放済州島の民衆を救済した。
注 両班ではない。大商人である。
李昰應
民の税負担を軽減するために戶布制実施、過度に多くの書院を撤廃する政策を取った。
注 大院君です。そもそも国内の汚職が極まってます。後に閔妃政権により失脚します。
金弘集
親日派、親露派の汚名を書きながらも、朝鮮の改革内閣を構成して身分制撤廃が含まれている4つの改革を主導した。
最終的には壬午軍乱の後、断髪令に怒った民によって死ぬ。
注 甲午改革自体が日本の指導です。
慶州崔富子
情報無し金萬徳さんの生涯について、日本語版ウィキペディアの内容の出典・脚注は、
『もっと知りたい韓国歴史ドラマ Vol.3』2015年、共同通信社
^ 『韓国歴史ドラマVol.3』
^ 『韓国歴史ドラマVol.3』P.99
である。
登場作品
『キム・マンドク〜美しき伝説の商人』(2010年、KBS)演:イ・ミヨン(子役:シム・ウンギョン)
となっている。
生没年まで分かっているようなので大変残念な内容である。>>94
アホかw
王家まで日本軍の将校として30年も参加してただろw
お前こそ言い訳するな。
日本に併合されて30年、王家は日本軍将校、国民は旭日旗を掲げ、24万人が志願兵として軍属
これがfact
李承晩?臨時政府? 上海で本屋してましたw>>94
朝鮮人は志願して日本軍に入隊したのだがな🤣
1943年には朝鮮人が303,394人志願して6,000人が入隊。その競争倍率は実に50.6倍だ!
歴史を捏造するな!
この半万年属国の劣等朝鮮人野郎🤣🤣🤣
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E4%BA%BA%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%85%B5>>94
🤣🤣🤣🤣🤣🤣🤣🤣🤣🤣
↓
1940年頃には日本に非協力的であった朝鮮人の大半が協調的に転向していた[9]。当時、朝鮮人による日本軍入隊のための血書提出は流行しており、1939年には45名、1940年には168名が血書を提出している[9]。後に第5-9代韓国大統領となる朴正煕も血書を提出し満洲新聞1939年3月31日付に掲載されている[9][10]。
また、内務省警保局保安課発行の『特高月報』には、次のような当時の人々の認識や背景が見受けられる。
「朝鮮独立の為奮つて陸軍特別志願兵となり、武力を体得して将来の革命蜂起の際に献身すべきなり」[11]
「朝鮮人を志願兵にする事は非常に良いことだ。即ち我々は将来志願兵を逆用すれば良い。志願兵は内地人より優秀と聞く。之の優秀なる部隊に呼掛くれば彼等は必ず祖国の為に銃を執つであらう。此の意味に於いて志願兵は忌避すべきではない」[12]
「応募者は真に志望するものにあらずして警察より半強制的に勧誘せらるる為止むなく応募するものなり」「応募者は淳朴なる農村青年のみにして有識者は殆ど之に応ぜず、寧ろこれを忌避し居る現状なり」「好条件に釣られ、功利的に走り、除隊後自己の立場を有利に導かんとする輩あり」[13]>>94
事実を知らない朝鮮人🤪本間九介著クリストファー・W・A・スピルマン監修・解説『朝鮮雑記』法廷より
「罪人を判決し、訴訟を審理するとき、法庭(法廷)は公署の庭前で開かれる。
罪人や訴訟人は、下役人とともに、
門のそばに立ち門内の合図を待って、黙礼しながら静々と歩みいく。
そして、下役人が指示する場所にかがみ、あえて頭を上げない。
そのときすでに、裁判官は、すなわち公署の長官は、机にもたれて、
数多くの官人(役人)とともに坐っており、
その前縁(板敷の縁側)には、左右に2、3人の伝令官のようなものが起立している。
罪人や訴訟人の傍らには、二間(約1.8メートル)ばかりの棍棒を持った下役人が、起立して控えている。
裁判官が、何ことか一句、言い終わるごとに、
かの伝令官らしいものが、左右から同じように、何やら声高に叫んでいる。
叫び終われば、下役人が、また同じように叫ぶ。
このようにして、罪人や訴訟人は判決されるのである。
罪人や訴訟被告人が白状しないときは、笞杖(むち打ちの刑)も併せて下される。
しかし、このとき、賄賂を行なわないものは、無残にも、そのまま撃殺されることがある。
罪人の入獄費用は、すべて自弁(自腹)である。
そのため、半文銭も有していないものは、ついに餓死することを免れない。
その一方で、賄賂を献じたなら、いかなる大罪人であっても放免される。
後日、無罪放免を下した公署の長官が、その上官より詰責されても、
脱獄してしまったと答えるだけである。
腐敗の習俗も、その極みに達したというべきだろう。」>>94
一文で矛盾するな、アホ。責任回避してるのは正にお前らだろうが!テコンダー朴か、お前は白丁の味方の両班?
>>94
併合された国の戦争責任「オーストリア」
「1991年7月8日、フラニツキーは国民議会でオーストリア自由党党首のハイダーが
国家社会主義政権下の「秩序ある雇用政策」を肯定的に評価したことに対して、
「私たちは、私たち国民のすべての行為と歴史の中で行ったことに関して、その善悪を認識している。
私たちに都合のいいことを受け容れるだけではなく、
亡くなった人々へ悪行を認め、謝罪しなければならない。
オーストリアの政治家はこの問題を避けていたが、
私は今、オーストリア連邦政府の名の下、史観・政治的文化面の基準として、
また新たな欧州の政治的文化面の一頁として、
新たなとして基準として、このことを明確に言及する。」[2]
として、ヒトラー政権下のオーストリアを犠牲者とみなすだけではなく、
戦中における自らの責任に対しても言及した。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%84%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%8B%E3%83%84%E3%82%AD%E3%83%BC民衆っていない。李氏朝鮮、両班と奴隷しか存在しない。
>>101
コリアンの偉人は処刑される運命だろうか。イザベラバード著 時岡敬子訳 『朝鮮紀行』より
「貧しさを生活必需品の不足と解釈するなら、漢江流域の住民は貧しくない。
自分たちばかりか、朝鮮の慣習に従ってもてなしを求めてくる。
だれもかれもを満たせるだけの生活必需品はある。
負債はおそらく全員がかかえている。
借金という重荷を背負っていない朝鮮人はまったくまれで、
つまり彼らは絶対的に必要なもの以外の金銭や物資に貧窮しているのである。
彼らは怠惰に見える。
わたしも当時はそう思っていた。
しかし彼らは働いても報酬が得られる保証のない制度の下で暮らしているのであり、
「稼いでいる」とうわさされた者、
たとえそれが真鍮の食器で食事をとれる程度であっても、
ゆとりを得たという評判が流れた者は、
強欲な官吏とその配下に目をつけられたり、
近くの両班から借金を申しこまれたりするのがおちなのである。」中華秩序における「民」は「奴隷」の意味(*´エ`*)
「民」が人間を示す単語になったのは、日本の「民」が価値観として定着してから。
良い証拠が、中華「人民」共和国。
「民」だと奴隷の意味なので、わざわざ「人」って文字を足さないといけなかった。ちなみに、「人民」というのも和製漢語。
朝鮮にはそもそも、現代で言うところの「民衆」は存在しない。
奴隷と、支配者である両班が朝鮮を構成していた。
あと、両班は、自身のことを漢人と自称していた。
つまり自分たちは中華の漢人と同一であって「鮮人」とは違うって事だ(*´エ`*)
「朝鮮人」という概念を創ったのは、日韓併合後の総督府の教育。
両班と賤民が「僕たちは同じ民族です」なんて思うわけ無いでしょ。ちなみに、日韓併合前に「朝鮮人」という概念を理解していた朝鮮半島出身者は、
金玉均と李完用の二人だけだ。
儒教の知識だけ詰め込んだ両班とは違って、頭が良い人間だった。
朝鮮人は、未だに彼らを理解していないし、彼らの理解力に到達もしていない。
今の朝鮮は、金玉均達が考えていた社会ではない。
未だに「両班と奴隷」の国だ。
日本人も其の点を見間違いするな。
あの地域は、未だに「古代」だ。
スマホを持った古代人の住んでいる地域、それが2020年現在の朝鮮だ(*´エ`*)あと、>>1に関して
そんなやつは知らない。
そもそも、記録に残さないでしょ。
朝鮮の価値観からすれば「家畜を人間扱いする」ようなもので、道徳に反する行為。
(朝鮮における道徳とは、中華秩序における正義が執行される状態。これを正義という。)
賤民を人間扱いしてる時点で、罪(*´エ`*)
日本とは価値観がそもそも違う。昔の両班って言うのもここに来る韓国人の様に知っていることだけで
マウントして学習しない人種だったのかなぁ?
彼らなりのジョークとユーモアで返したつもりが馬鹿にされる人種なんだろうなぁ。>>111
「車輪」を作る技術がない。
まず、原材料である木を曲げる技術。
(桶や樽などを製造する技術と共通)
二輪以上だと同じ大きさの車輪を作らなければならない。
それに二輪以上だと一定度、整備された道路が必要。
舗装とまでは行かなくても、平坦で、徒歩の人間とすれ違うことが
可能な程度の道幅の道路を定期的にメンテナンスして維持しないと
車輪付きの車両は運行できない。
あと、二輪以上の車両は物資・人間の運搬を飛躍的に向上させるが、
需要が無ければ作る意味がない。
運ぶものもないのに、トラックだけ有っても意味ないでしょ?
インフラ、技術、経済など複合的な要因で朝鮮にはまともな二輪以上の車両がなかった。
素焼きの土器を頭の上に担いで運んでいたのが李氏朝鮮(*´エ`*)>>112
「学習」の意味と目的が日本と朝鮮では違う。
知識、行動様式など「すでにあるもの」を習得するのが「学習」だが、朝鮮では学習自体が「目的」なわけ。
「学習」により「新たな価値観」を生むとかはないわけよ(*´エ`*)
儒教が典型。
一言一句、学んだ通りに行動することが求められる。
それから外れることは、正義では無いわけ。
新しいものを自らの努力で獲得する、創造するというのが、そもそも根底に存在しない。
今も基本的に一緒(*´エ`*)再三だが、日本人が「普通」だと思ってることは、朝鮮では「普通」ではない。
荷車一つにしても、「当たり前」が、朝鮮では「当たり前」じゃないわけ(*´エ`*)
日本人の常識で考えるな。
朝鮮は、日本とは違うんだよ。本間九介著クリストファー・W・A・スピルマン監修・解説
『朝鮮雑記』官人は、みな盗賊より
「ある外国人が、韓人に向かって言うには、「あなたの国の官人(役人)は、
思うままに一般人民の財貨を奪い去っているようですが、
これを見ると、官人はむしろ公盗(公人の盗賊)と称すべきものではないでしょうか。
しかも、公の人間が国民を苦しめているのですから、
私盗(一般の盗賊)よりずっと悪質というしかありません。
それでは、どうして、このような官人をころして、国家の害をとり除こうと考えないのですか。」
まったくそのとおりで、私もそう思わないわけではないが、今の官人に盗賊でないものはいない。
たとえ、一人の人間が自分の身を犠牲にして、一人の官人をころすことができたとしても、
そのあとを引き継いでやってくる官人が、また盗賊なのである。
これでは、どうしようもない。
ああ、彼らの境遇は、まったく憐れむべきものだ。
ただ、ここで仮に、千人の「ゲスレル」がいたとしても、「テル」を自任する一人が出てくるだけで、
官人鳥(役人野郎)は、その欲を自由にふるまうことができようか。
しかし、彼ら韓人は、このような惨憺たる地獄の中にあっても、あえて気にすることがない。
私のような第三者からすれば、かえって酸鼻(心を痛める)を深くし、
惻隠の念(同情)を厚くさせられるのであるが、
彼らは代々受け継がれた遺伝によって、そのようにさせられているかのようだ。
ああ、彼ら無気力な韓人たちは、いわば、泣く子と地頭には勝てぬとばかりに、
自暴自棄になって、悲惨の境地で呻吟(苦しみ、うめく)しているのだろうか。
門閥政治と藩閥政治、言葉は違っていても、そのやり方は同じ、その弊害も同じ。
(日本と朝鮮)ともに、志ある人が行動を起こすべき時機。本間九介著クリストファー・W・A・スピルマン監修・解説
『朝鮮雑記』安城の郡守より
「安城の郡守を洪某という。
たいへん暴斂(苛斂誅求)との噂があった。
かつて、その支配下にある住民の某が、賭博に勝って、
数千金を得たと聞くと、
下人(手下)に命じてこれを捕えさせた。
獄につなげ、笞打つこと数日、罪状を設けて言うには、
「おまえは、賭博をして国法を犯した。
その罪は、けっして軽くはない。
しかし、贖罪金を支払うことで、その罪を免れるだろう。」
某が断わると、というのも、一銭も持っていなかったからなのだが、
ついに獄中に死んだ。
おそらくは、郡守が、某の開いた賭場で負けたことがあって、
それを根に持っており、
この惨死を遂げさせたということだった。」>>117
確かに、船や馬の既得権益を確保するため、街道に於ける荷車の規制がありました。
しかしそれは、江戸時代に入っての事です。
江戸時代以前、例えば鎌倉時代等は規制も無く、二輪の荷車を馬で引き、街道を自由に通行出来ました。奴婢になれば
一生食いっぱぐれることは無い
李朝の福祉システムは
現代の韓国よりはるかに優れていた>>117
そもそも、日本での物流の軸は海上輸送。
中央アジア以外の地域では一般的常識だが、馬匹は輸送の主流ではない(*´エ`*)
100トンの物資を運ぶのに船なら1隻で済むが、馬なら1100頭必要。
おまけに馬は飯も食うし、体調管理や育成に必要な大規模飼育環境も必須。
(欧州ですら、馬の大規模管理は結局困難で、鉄道と車両に取って代わられた)
陸上輸送で馬が活躍するのは、あくまでも近距離輸送のみ。本間九介著クリストファー・W・A・スピルマン監修・解説
『朝鮮雑記』大中小華より
「朝鮮の士人は、
支那を呼ぶのに、
常に中華と称し、
その一方で、みずからを小華と称している。
そこで、私が、かの国の人から故国を問われたときには、
常に大華の人であると答えている。
彼らは、それを咎めて傲大だと言うけれども、
傲大であることと卑小であることの、
いずれがましだというのだろう。」>>117
朝鮮には牛車とかなかったわけ?本間九介著クリストファー・W・A・スピルマン監修・解説
『朝鮮雑記』疾病者より
「夏、野外を逍遥(散歩)すれば、
ところどころに蓆を布いて、
建物のまわりに壁をつくっている。
そんななか、半間(1メートル弱)四方の小屋に藁を布いて、
痩せ衰えた人が、さも苦しそうに臥しているのを見た。
これは乞丐ではない。
疫病に苦しむ人である。
かの国では、疫を死の病とみなし、
癒えた人がいれば、僥倖(思いがけない幸運)としていた。
そのため、この病にかかるものがあれば、
家族に伝染するのを心配して、
野外の小屋へ移し、置きざりにするのである。
もちろん、薬や食べものを与えることもないから、
たいがいは、捨てころしと知るべきであろう。
ああ、無情、無情。
屍を野外に晒す習俗も、まさにこういったことなのだろう。」>>125
ドラマや映画と現実は違うぞ?
朝鮮ファンタジー歴史書はフィクションだイザベラバード著 時岡敬子訳
『朝鮮紀行』より
「朝鮮には階級がふたつしかない。
盗む側と盗まれる側である。
両班から登用された官僚階級は公認の吸血鬼であり、
人口の5分の4をゆうに占める下人は文字どおり「下の人間」で、
吸血鬼に血を提供することをその存在理由とする。」>>125
それほど素晴らしい国の民は飢餓で苦しみ、野蛮な日本は世界最大級の都市をつくったのかwイザベラバード著 時岡敬子訳
『朝鮮紀行』より
「ソウルの「風光」のひとつは小川というかげすいというか水路である。
ふたのない広い水路を暗くよどんだ水が、
かつては砂利だった川床に堆積した排泄物やごみのあいだを、
悪臭を漂わせながらゆっくりと流れていく。
水ならぬ混合物をひしゃくで手桶にくんだり、
小川ならぬ水たまりで洗濯をしている貧困層の女性の姿に、
男ばかりの群衆を見飽きた目もあるいは生気を取りもどすかもしれない。」イザベラバード著 時岡敬子訳
『朝鮮紀行』より
「朝鮮の重大な宿痾は、
何千人もの五体満足な人間が自分たちより暮らし向きのいい親戚や友人にのうのうとたかっている。
つまり「人の親切につけこんでいる」その体質にある。
そうすることをなんら恥とはとらえず、
それを非難する世論もない。
ささやかながらもある程度の収入のある男は、
多数いる自分の親族と妻の親族、自分の友人、自分の親族の友人を扶養しなければならない。
それもあって人々はわれがちに官職に就こうとし、
職位は商品として売買される。
居候をおおぜいかかえている男にとって、
そこから逃げだす道は官吏になることなのである。
下級にせよ上級にせよ官吏になれば、
公金で居候たちを養っていける。
であるから官職がどんどん新設される。
目的は、国を治める者たちの親戚や知り合いを食わせるため、にほかならない。
だから朝鮮では政治の内紛や暴動が頻繁に起きる。
おおもとはほとんど揺るがない。
朝鮮の革命家は信念を支えに命をかけようとはしないのである。」君主や群臣などの支配者と相対する被支配民としての古代チャイナの人民や部族の味方。
国家や社会を構成する庶民や平民や大衆、近代西洋のpeople、massesの味方。
韓国は、集団意識が強く見えるが公共、公益、を重視しない短期的な血縁個人意識の人民、個人が抑圧されるが中国と日本の中間。
情緒偏重に見えるが理屈はあり儒教形式や道徳性はある、論理性は軽視する。
朝鮮血縁情緒法を科学的姿勢で進化させれば大きく躍進すると思われる。本間九介著クリストファー・W・A・スピルマン監修・解説
『朝鮮雑記』客主より
「政府の特別な許可を得て、
ある地方の物産を販売するものを都客主と称し、
また許可なく勝手に問屋を営むものを客主という。
都客主がいる地方では、
客主は、建前上、営業することができない。
そこで都客主に賄賂を贈り、
あるいは税金を納れて、その許可を受けるという方法をとる。
このとおりであるから、
都客主の勢力はたいへん強く、
たとえば、その地方で産出する午皮を買い入れようとするときも、
都客主が「1枚あたり200文で売るように」と命じれば、
午皮の持ち主は、やむをえず、そのかか」>>132
「午皮の持ち主は、やむをえず、その価格で売らなくてはならない。
もし、自由勝手に、他の客主に売り渡すことがあれば、
都客主は、その場で物品を没収し、持っていってしまう。
そのため、持ち主が、他の地方で売却しようとするときは、
運搬の不便から来る相当の費用がむだにならないように、
圧制(権力による強制)とは承知しながらも、
唯々諾々(言いなり)となる境遇に甘んじなくてはならない。
そのさまは、まるで、わが国の紳商(豪商)たちが、
官威(お上の権威)を借りて貧民の財を奪っているのに、似たところがある。」いたとしても一番尊敬されるのが世宗だからね。奴婢従母法を作り奴婢を増やした
実際に「民衆の味方」みたいな両班はいたの?
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