「寿司女は最強だ」と18世紀の朝鮮人が認めていた

211

    • 1名無し2016/10/17(Mon) 11:08:40ID:M2NTI4MzE(1/16)NG報告

      『日東壮遊歌』とは、江戸時代の1763年から1764年にかけて来日した第11次朝鮮通信使(目的は徳川家治(在職1760年〜1786年)の将軍襲職祝い)の一員(従事官の書記)として来日した金仁謙(当時57歳)の著書で旅行記である。

      その中から名古屋と江戸についての記述

      ●1764年2月3日 名古屋
      街の繁栄、美しさは大阪と同じだ。 凄い。
      自然の美しさ、人口の多さ、土地の豊かさ、家屋の贅沢さ…この旅で最高だ。
      中原(中国の中心地)にも無い風景だ。
      朝鮮の都も立派だが、名古屋と比べると、とても寂しい。
      人々の美しさも最高だ。
      特に女性が美しい。 美しすぎる。 あれが人間だろうか?
      「楊貴妃が最高の美人だ」と言われているが、名古屋の女性と比べれば、
      美しさを失うだろう。
      (帰路にて)
      名古屋の美人が道を歩く我々を見ている。
      我々の一員は、名古屋の美人を一人も見逃さないように、
      頭を左右に必死に動かしている。

      ●1764年2月16日 江戸(東京)
      左側には家が連なり、右側には海が広がっている。
      山は全く見えず、肥沃な土地が無限に広がっている。
      楼閣や屋敷の贅沢さ、、人々の賑わい、男女の華やかさ、城壁の美しさ、橋や船…。
      全てが大阪や京都より三倍は優っている。
      この素晴らしさを文章で表現する事は、私の才能では不可能だ。
      女性の美しさと華やかさは名古屋と同じだ。

レス投稿

画像をタップで並べ替え / 『×』で選択解除