1.事大主義と小中華思想
明国と冊封体制への過度な依存は、「何かあったら明国が助けてくれる」という事大主義を蔓延させ、高麗時代からあった「尚文軽武」を加速させる結果となりました。
儒教ばかり勉強して武については何も知らない文官が軍のトップに就任することがほとんど。そのため、秀吉の朝鮮侵攻の際には朝鮮の正規軍は、歴戦のプロ軍人であった日本の武士団の前にほとんど歯が立ちませんでした。
また明が女真族の後金(後の清)に取って代わった後は、軍事・経済的に清に依存しつつ「夷狄(野蛮人)に学ぶのは恥ずかしい」という意識が広く蔓延。小中華主義は西洋のみならず、清の優れた文物の導入を阻害しました。
2.不毛な内部抗争
国王を補佐する官僚は派閥を形成して互いに争います。有名なものが「勲旧派」と「士林派」で、学問的争いならいいですが血なまぐさい殺し合いに発展することも多く、多くの場合中央政界に大混乱をもたらしました。
3.まとめ
朝鮮は中国や日本と言う2つの大国に挟まれた地理的不利もあり、たびたび外的要因に振り回されています。その主体性の取りづらさ、民族のアイデンティティを保とうとする故なのでしょうか、異常に「純粋性」にこだわる傾向にあり、それは朱子学によって輪をかけて強烈になっています。その結果、建前が正しいとみなさればすべて正当化されてしまう風潮ができた。
だから争いの焦点は建前が何が正しいかであって、中身にまで至らない。中身がないから官僚や学者同士の空中戦は庶民に関係ない問題となる。
結局、庶民文化は昔ながらの古き良きものが残る一方で、イノベーションは上からしか起こらない構造になってしまった。
ヘル朝鮮とは、李氏朝鮮への回帰!!
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