古代韓国の地図を作ったので韓国人に見てもらいたい

137

10928
  • 1名無し2018/02/07(Wed) 01:46:11ID:AxMDIyNjY通報

    これは今から千八百年ほど昔、三国志魏志東夷伝に伝えられるところの三韓と倭、すなわち今でいう日韓の姿である
    この時代の倭の女王卑弥呼が通交を求めた話が三国史記にも記されており、韓国人にも無縁の歴史ではないだろう
    当時これらの地域には合わせて108もの国々の名前が記録されているのだが、その場所のほとんどは現在では不明となっている
    しかし私はとある法則に従い、それらがどこにあるのかを突き止めることに成功した
    そのやり方は追々説明していくとしてまずは全ての比定地のリストを以下に示したい

    ~馬韓~
    爰襄国(원양국) 黄海南道甕津郡
    牟水国(모수국) 黄海南道海州市
    桑外国(상외국) 黄海北道兎山郡
    小石索国(소석색국) 黄海南道延安郡
    大石索国(대석색국) 開城特級市
    優休牟涿国(우휴모탁국) 仁川広域市江華郡
    臣濆沽国(신분고국) 仁川広域市富平区
    伯済国(백제국) ソウル特別市
    速盧不斯国(속로부사국) 京畿道平沢市振威面
    日華国(일화국) 京畿道安城郡陽城面
    古誕者国(고탄자국) 京畿道安城市竹山面
    古離国(고리국) 京畿道南楊州市榛接邑
    怒藍国(노람국) 江原道原州市
    月支国(월지국) 忠清北道陰城郡
    咨離牟盧国(자리모로국) 大田広域市儒城区
    素謂乾国(소위건국) 忠清北道報恩郡
    古爰国(고원국) 全羅北道南原市
    (以下続く)

  • 8812018/02/14(Wed) 03:34:39ID:U1MTY5MzI(34/63)NG通報

    ちなみに自分はこの「ウラ(浦) ura」という単語のことを、「オル(降る) *ərɨ-(現代日本語:降りる)」「オツ(落つ) *ətɨ-(落ちる)」の類語で「아래(下)」とも関係があると思っている
    その対義語として「オカ(岡) oka」は「オク(起く) *okɨ-(起きる)」「アグ(上ぐ) *age-(上げる)」の類語で「위(上)(中期語で웋 uh)」もその類であろうとも
    (日本書紀に記された古代韓語の「アロシ(下) arosi」「オコシ(上) okosi」も参照)

    この借用語と思しきもの、どちらが元祖なのかと考えると、意味が似ていて音の近い言葉がある日本語の方なのではないかと思う
    しかし、自分は韓国人ではないので「아래」「위」の類語を知らない
    「倭人の方が古代韓語から借りた」と反論のある韓国の方がいらしたら是非教えて欲しいものである

  • 89名無し2018/02/14(Wed) 09:33:54ID:gzMjU1NzQ(1/2)NG通報

    >>68
    1.もし古代韓国語に母音調和があるとしても、中国人音叉者が中国語の[ə]音で音叉できないという論理はおかしい。 もしそうだとしても、[ʌ]と最も近い陽性母音[o]がいるのに、どうして[a]の母音を話するのか? 近世韓国語で語頭[アレア]が[a]音に合流すると三国志時代の中国人音叉者も[ʌ]音を[a]に聞いたと主張できるのか? それならどうして現代の日本人は、韓国語の[ʌ]を[ァ]ではなく[オ]に音叉するのか? 現代日本語には母音調和がなく、当時の上古漢語には母音調和があってそうなの?
    2.、慶尚北道慶山(キョンサンブクド・キョンサン)は、かつて古墳群が登場して三国史記にも小国の国名(押督國)が記録される程度だったが、三国志の国の名には登場しない。 ところが、当時、古墳群もない慶尚南道西部内陸と全羅道東部内陸の地域名が国名に化けて中国記録者によって記録されことができるということは道理に合わない。

  • 90名無し2018/02/14(Wed) 09:37:36ID:gzMjU1NzQ(2/2)NG通報

    >>89
    이 사람이 다시 반박을 해 줄지는 모르겠습니다.
    커뮤니티 매니저이기 때문에, 다음에는 응답이 없을 수도 있습니다.
    별개로, 초창기의 kaikai에는 일본국기를 단 한국인이 있었는데, 고대 언어에 대해 상당히 능통했었습니다.
    그사람이 있었더라면 게시자의 의문에 좀더 명확한 답변이 가능했을텐데,
    한국인이 거의 없는 지금에 와서는, 이곳에서 제대로 된 의견을 듣기가 힘들것 같네요.

  • 9112018/02/14(Wed) 13:40:44ID:U1MTY5MzI(35/63)NG通報

    >>89
    >1.もし古代韓国語に母音調和があるとしても、中国人音叉者が中国語の[ə]音で音叉できないという論理はおかしい。 もしそうだとしても、[ʌ]と最も近い陽性母音[o]がいるのに、どうして[a]の母音を話するのか? 近世韓国語で語頭[アレア]が[a]音に合流すると三国志時代の中国人音叉者も[ʌ]音を[a]に聞いたと主張できるのか?
    [ə]音は別の音素に使った(大和(ヤマト jamatə)の「ト tə」、居昌(コチャン kətjaŋ)の「コ kə」などに含まれる)
    だいたい済州島人除く現代韓国人もその音素を「아래아」(下のア)と呼ばなければ区別できない位[a]と[ʌ]は近い。「아래어」でも「아래오」でもなく「아래아」という名前の時点で自分たちでそうだと証言している様なものですね
    それに中期朝鮮語でㆍ[ʌ]だった発音が古代でも同じだった筈はありません
    「思」「四」「斯」などが「ᄉᆞ」と読まれたが、中古漢語ではこれらは/sɨ/や/siɪ/(日本語では「シ」)と言っていました
    つまりもっと[i]に近い、狭くて前寄りの母音だった可能性が極めて高い訳です

    >それならどうして現代の日本人は、韓国語の[ʌ]を[ァ]ではなく[オ]に音叉するのか?
    してない
    日本人も本来[a]と[ʌ]の区別ができない
    [ʌ]は「ア」で転写し、英語のbatとbutをどっちも「バット」と言ってしまう
    その「韓国語の[ʌ]」というのは「ㅓ」のことを言っている様ですが、その音素は中期語では[ə]です
    なのでこれは歴史的な経緯(母音の変化)による慣用じゃないかと思います
    ちなみに「ㅕ」に相当する音韻は古代韓語(百済語・伽耶語)を上古日本語では「エ je」として転写されていました(例:*tjəra(→뎔→졀) vs テラ tjera(寺)、*sjəma(→셤→섬) vs セマ sjema(嶋))
    >現代日本語には母音調和がなく、当時の上古漢語には母音調和があってそうなの?
    母音調和の有無は関係ないし上古漢語に母音調和があったなどという話も聞いたことありません
    音素は時代とともに変形していくのが一般的だし、ある言語を別の言語の音韻構造で転写するとかならずズレが生じるもの
    それに統一政権ではなかった三韓の言語は現在の韓国内の方言差よりももっと大きな差があっただろうと思われます

  • 9212018/02/14(Wed) 13:55:51ID:U1MTY5MzI(36/63)NG通報

    >>89
    >ところが、当時、古墳群もない慶尚南道西部内陸と全羅道東部内陸の地域名が国名に化けて中国記録者によって記録されことができるということは道理に合わない。
    それどころか古代中国の史書には実在するものなのか怪しい「夜叉國」とか「女人國」とかまで登場します
    ここでいう「國」とは政権のことではなく、単に地方というニュアンスで捉えていただきたい
    国家としての実態が伴わなくてもそこに赴いた使節はそこを国として記録したということ

    >>90
    地図を完成させるのに何年もの時間がかかってしまいましたねえ
    ここの事を早く知っていたとしても理論が未完成でうまく説明できなかったと思いますが

  • 9312018/02/15(Thu) 02:21:44ID:A1NzYxNzA(37/63)NG通報

    北の方から説明を進めていきます

    「牟水國」は mosy̌(モシュ/모슈) と読み、黄海南道の海州市
    「瀑池郡,本高句麗內米忽郡,景德王改名,今海州」
    「內米忽」の「米」は高句麗語で「水」のこと、「忽」は「城」のこと
    ここらへんは板橋義三の論文で抽出されてる語彙で、米は*miと読み、「ミヅ(水) midu」「믈 mɨr(→물)」の系統、ツングース語の mi(水) が近いということらしい
    自分はこれを*měと読んで*mydぐらいの共通の祖型があったのではないかと思っている
    「內米」で「内側の水」つまり内陸の水だから「池」のことである(なお「瀑池」の「瀑」は「滝」のこと)
    奇しくも朝鮮語でも「池」は「못 mós」なので mosy̌ とは音が一致する
    「池」という意味の現地語と漢字音の「水」とをかけたダブルミーニングのようだ

  • 9412018/02/15(Thu) 02:22:03ID:A1NzYxNzA(38/63)NG通報

    「桑外國」は saɴŋwas[saɴŋʷas~saɴŋʷæɕ](サングヮス~サングェシ/상와스~상왜시)と読み黄海北道兎山郡兎山邑「兎山郡,本高句麗烏斯含達縣,景德王改名,今因之」に対応
    「烏斯含」が「ウサギ」、「達」が「山」
    板橋は烏斯含を*usiγamとし日本語のusagi、テュルク語のtabisγan、ニヴフ語のosk、アイヌ語のoskeと比較した
    自分はこれを上古音/*qaː-se-ɡɯːm/を参照して(高句麗語は中古音よりも古い漢字音を持っているはずと考えた)*osγɨmとして、元々は語根が*osagだったのが縮まり、*osγとなり、-ɨmという名詞であることを明示するための接尾辞とくっついたものと考える(日本語の「ウサギ usagi」は代わりに-iという接尾辞が入った)
    そして属格(genitive)のための-s(사이시옷の祖型)とくっついた場合に扶余語式の接続法として
    間に母音が入り、*osagas[osaŋas]となったもののsaŋasの部分を「桑外」で転写したのだろうか
    ([γ]と[ŋ]は違う音素だがどちらも[g]に近いためそこからは異音として変化はしやすい)
    この時代、扶余系の王族が南下して馬韓の北部に百済の前身である伯済国を建国しているため、高句麗語と百済語の分岐はすでに始まっていることとなる。高句麗語で*osγɨm、百済語で*osaŋが「ウサギ」か

    なお現代の韓国ではウサギのことを「토끼 thokki」というが中期語では「톳기 thóski」といい、「톳 thó」の部分は漢語の「兎(토) thó」と声調含めて全く同じ発音であり、「”兎(토)”と呼ばれる小動物」ぐらいの意味として、借用語として在来の語彙と入れ替わった様にみえる
    http://old.koreaa2z.com/kd/cgi-bin/xjump2.cgi?ssid=142845&dbid=../kd/kd&no=1240
    モンゴル語のтуулай、オロチョン語のtuksakも比較対象らしいが、同源だとしても旧石器時代までさかのぼる東アジア地域の言語の全体的なものと思われる

  • 95名無し2018/02/15(Thu) 07:39:48ID:YxODA5NTA(1/7)NG通報

    百済は (kʰɨ́n-tara)

    くっんたら  くんっんたら   発音記号の読み方が分からない。

    熊山と言う意味かな?

  • 962018/02/15(Thu) 14:36:28ID:A1NzYxNzA(39/63)NG通報

    >>95
    kʰɨ́n-taraはクン=タラ、もしくは連濁してクンダラと読み「大きな山」という意味
    ソウル周辺の地名である「漢山」を言い換えたもので、これが日本語での百済の訓読みである「くだら」の語源
    「漢山」の「漢」は漢民族のことではなく、「大きい、正しい、真の、一つの」という意味の固有語の「한 hán」を音写したもの
    これとは別に「大きい」という意味の「큰 kʰɨ́n」という単語があり、「山」の高句麗語である「達 tar」と組み合わせると「큰달(クンダル) kʰɨ́n-tar(kʰɨ́ndar)」となる
    百済語と高句麗語の差、もしくは後続する単語と繋ぐための母音挿入があったことを想定すれば「큰다라(クンダラ)kʰɨ́ndara」と読むことができる
    古代の日本語に「ん」はなくて濁音は子音の前に鼻音が前に付いたという説に従えば、「くだら kudara」という音韻で転写となる

  • 972018/02/15(Thu) 14:36:57ID:A1NzYxNzA(40/63)NG通報

    「漢山(大きな山)」は別にさして大きな山ではないのだが、近くを流れる「漢江」つまり「大きな川」に由来してそんな名前になった
    百済は元々、百済の始祖である温祚が高句麗から十人の家臣たちとともに渡ってきた(「濟(済)」には渡るという意味がある)ので「十済」といい、後に人が増えたので「百済」と改めた(そして「百」を同音の「伯」に変えて「伯済国(伯濟國)」としていた)と三国史記には書いてある
    だがしかし私はその由来説を牽強付会だとして否定したい。
    朝鮮固有語で「川(現代語では"小川"の意)」のことを「내 nai」、「津」は「ᄂᆞᄅᆞ nʌrʌ(現代語では나루)」、「運ぶ」は「나ᄅᆞ다 narʌda(現代語で나르다 narɯda)」
    そして百済語で「熊津」もしくは「熊川」は「クマナリ kumanari」なので、「津/川」は「ナリ nari」と言ったことになる
    それぞれ音が似ていて、「津」と「川」とは「渡るもの」として意味が通じ合うため同じ言葉で表されてもおかしくはない
    また「百済」の「百」とは具体的な数の100ではなく単に「数が多い」という意味で、それは「大きい」とも意味が近い、ということで「큰」または「한」と訓読できる
    ついでに固有の数詞で100のことは「온 ón」といって現在では数としてではなくもっぱら「全ての」という意味で使われている
    百=「大きな」を「큰」、済=「渡る」を「ᄂᆞᄅᆞ(津)」と言ったのを合わせて「큰ᄂᆞᄅᆞ(クンナラ)」といったのが「くだら」の真の由来だろう

    まとめると큰ᄂᆞᄅᆞ(クンナラ/大きな川・津/漢江)→*큰다라(クンダラ/大きな山/漢山)→くだら(百済)
    という流れ

  • 98名無し2018/02/15(Thu) 19:06:23ID:YzNjk3OTU(1/1)NG通報

    朝鮮人の野望
    ゲーム出来そうだ

  • 99名無し2018/02/15(Thu) 20:49:19ID:YxODA5NTA(2/7)NG通報

    >>98
    最近は古代日本語と古代半島やその周辺で使われていた言葉は、やはり同源だと言う見方になってきたみたいだね。最初はその見方で、一回否定期があって、また、やはり文法が同じ意味は大きいし、両語を学ぶ人からは同源だとしか考えられないと言うことみたいだ。俺は学者とは遠いから分からん。大きな意味で言うと日本人はツングースだと言えるのかも知れないね。(漢族や騎馬民族の反語としてのツングースかな?)

    日本ではクダラ、シラギ、コマと言いますよね。シラギ、コマはどんな意味なんでしょうか。コマが熊でしょうか?シラギはシラの城という意味でしょうか?
    百済の王は自分のことをオラケまたはオラクと言ってたみたいで、他称ではコニキシと言われた時代もあったようですね。百済は扶余系だからオランケなんですかね。
    それから、漢字の読みで倭の5王について推定出来ることはありましたか?興味が尽きません。

  • 100名無し2018/02/15(Thu) 21:37:30ID:YxODA5NTA(3/7)NG通報

    >>96
    日本語ではカラに唐とか韓とか加羅とかいろいろな漢字を当てますよね。全部、海の向こう側という意味ではありますけど時代によって指す場所は違いますよね。
    韓国から言うと、漢は中国のことを意味するように見えるのですが、大きいとか真のという意味でもあるのですね。韓国を代表する川に漢の字が使われている意味が分かりました。

    韓国の首都、ソウルの意味が分かっていないそうですが、中国の史書で半島人のことをソウルン、ソウロンとか記してあるのと、モンゴル人が半島人を指してソロン、ソロンゴスと言うのと関係があるのでしょうか?ここからは分からないのかな?

  • 101名無し2018/02/15(Thu) 23:46:19ID:EzNDA4ODA(1/2)NG通報

    >>99
    むしろ古代中国の滅びた少数民族とかと関係ありそうな気がする
    たぶん朝鮮語の先祖も滅びてるんだろうな

  • 102名無し2018/02/16(Fri) 00:03:14ID:czNzUyODA(4/7)NG通報

    >>10
    中国の史書で江南に出てくる倭人とわれわれの倭の関係があるのかどうかとか、長江地方と稲作伝来との関係も気になりますよね。長江を遡っていくとチベット系の少数民族や泰系の少数民族がいるそうですが、中国の史書に出てくる江南の倭と何か関係があるのでしょうか。
    中原の周辺に登場する諸民族の活動範囲の広さには驚きますよね。
    中国など狭いかのようにユーラシア大陸の規模で縦横無尽に活躍します。

  • 1032018/02/16(Fri) 00:32:16ID:U2MzU0MDg(41/63)NG通報

    >>99-100
    同源というのはごく一部の語でしかなくて、日朝ツングースの単語の大部分はそれぞれに固有なものなので、別にそういう見方は正しくない
    ただ日本列島と朝鮮半島の間にまたがって存在する単語は確実にあって、それは何者に由来するのかまでははっきりしない(文化を齎した形跡のないツングースよりも箕氏朝鮮の金属を伝えてきた文化や半島に進出した縄文人(海洋民族としての倭人)の方がまだ蓋然性があると思う)

    新羅(シラギ)は「斯廬國」にあたり、これをsœrɑ(ショラ/셔라)と復元しました
    新羅の首都、金城の固有語名「徐羅伐」は現代朝鮮語読みでは서라벌(ソラボル)であるが、元々は셔라벌(ショラボル sjərabər)と言っていた
    「斯」は淡路島に比定した「斯馬國」の「シマ(島)」の「シ si」でもあるので、/si/と/sjə/の中間である/sœ/と読んだと考えます
    「徐羅伐」の「徐羅」とは「金」または「金の」(「쇠 (鉄)」の類語)、「伐」は「村、集落」のこと
    この場合の「金=셔라(ショラ)」とは日本語でいう「シロ/シラ(白)」に意味と発音が近い、すなわち「明るく輝く色」
    昔は色を表す語がおおざっぱであったため、明るい色という意味の同源の言葉を日本人の祖先は白色に、新羅人は金色のことに選んだ様です
    それで首都を表す一般名詞「서울(ソウル)」に転化するのは、「明るく開けた広く平らな土地」に自然と地域の中心都市が生じたからなのでしょう

    「駟盧 sœ́srɑ」「臨素半 rɨ́msɑ́pár」「接塗 tseβdɑ(三国史記中の沙伐国に比定)」
    韓伝の中の国名にも「서울」の系統の地名は「斯廬」に限らず複数現れます
    新羅による統一以前から「都」という意味で一般的な古代韓語だったことが伺えます

  • 104名無し2018/02/16(Fri) 00:46:57ID:czNzUyODA(5/7)NG通報

    弁辰彌烏邪馬國 miɑjɑmǎ 烏也縣/烏丘山縣(清道郡清道邑)

    奈良の三輪山との関係が気になります。古来より山自体がご神体とされ、社殿がないことで知られていますが、むかし社殿を作ろうとしたときに烏が何千と出てきて材木を持って空び消えてしまったそうですね。烏の字が出てきますね。
    弁辰は弁秦とも書かれ、秦から逃れてきた人達との伝承もあり、言葉は古代の中国語(秦のあたりの言語)を話し、馬韓とは違っていたと中国の史書に出てきます。
    新羅の王に次次雄(スソンオ)というのがいるのですか?スサノオとの関係も気になります。

  • 105名無し2018/02/16(Fri) 00:49:52ID:czNzUyODA(6/7)NG通報

    >>103 >>99-100
    >同源というのはごく一部の語でしかなくて、日朝ツングースの単語の大部分はそ>れぞれに固有なものなので、別にそういう見方は正しくない
    >ただ日本列島と朝鮮半島の間にまたがって存在する単語は確実にあって、それは>何者に由来するのかまでははっきりしない(文化を齎した形跡のないツングース>よりも箕氏朝鮮の金属を伝えてきた文化や半島に進出した縄文人(海洋民族とし>ての倭人)の方がまだ蓋然性があると思う)

    わかりました。

  • 1062018/02/16(Fri) 02:28:08ID:U2MzU0MDg(42/63)NG通報

    >>100
    「金=셔라(ショラ)」にはおそらく日本海(向こうの言い方でいうところの東海)に面していて、朝日に光り輝く様も示している、つまり「東にある国」というニュアンスも持ち合わせていそうです

    そしてシラギ(新羅)のギは「キ(城) kɨ」、城壁に囲まれた集落のこと
    (なお本来は「シラキ」と濁らずに言ったらしい)
    三国史記の地名では韓(伽耶・馬韓地域)で「骨(골 kor)」、高句麗で「忽(홀 hor)」といい
    魏志高句麗伝では「溝漊 *kuru」が高句麗語での「城」を意味する語であると紹介されています(溝漊者、句麗名城也)
    日本語の「キ(城) kɨ」も上代特殊仮名遣におけるキ乙種音なので、更に遡れば*kui(kuj)となり-rが-jに転訛したとすれば一致
    加えてモンゴル語の qorga “城塞、柵”、テュルク語の qurγan “城塞” や koriğ “囲い”なども対応するらしい
    http://www.corea.it/kudara_3.htm

    「シラ(金)」と「キ(城)」合わせて「シラギ(金城=新羅)」となります

    >モンゴル人が半島人を指してソロン、ソロンゴスと言うのと関係があるのでしょうか?ここからは分からないのかな?
    モンゴル語solongos、および満州語のsolhoは普通に新羅のことですね
    日本語でいう「シラギ(金城)」を高句麗では「*sjəragor(ショラゴル)」とでも言ったのでしょう
    (rがlになってるけど、モンゴルや満州のrは巻き舌の[r]で[l]とは別の音素なので弾き音の[ɾ]は/l/として聞き取ったということで、モンゴルで最後のrがsになってるのは語末の無声化でsに近い発音になったからという解釈でお願いします)
    当時、靺鞨と呼ばれていた満州人の祖先や室韋と呼ばれていたモンゴル人の祖先が新羅の高句麗語名を聞いて以後も朝鮮半島の国を指すのに使い続けたのでしょう

  • 1072018/02/16(Fri) 03:20:08ID:U2MzU0MDg(43/63)NG通報

    >>99
    >コマはどんな意味なんでしょうか。コマが熊でしょうか?
    高麗の訓「コマ」が「貊国」にも同様に付いている例が見受けられる
    貊とは「豹」のことだが、この場合檀君神話に登場した「虎」のこと

    虎を意味する語は「호랑이 horaŋi(ホランイ)」の他「범 pəm(ポム)」というのもある
    同じく檀君神話に登場する「熊」は「곰 kom(コム)」といい、日本語のクマ kumaやアイヌ語の カムイkamuyに酷似している
    もし檀君神話が「熊」と「虎」が同じ語源を持つことを意味するのだとしたら、pəmとkomとで*kʷəmみたいな祖型が考えられる(p パ行がkʷ クヮ行から転訛してくるケースがある)

    また江原道の春川はもとは貊国(>>1の地図上で貊(맥)と書いてあるところ)で、940年(高麗太祖二十三年)に「春州」という名前になっています
    「春」は固有語では「봄 pom」なので「범 pəm」とは母音が違いますが近い音なのが気になりますね

    セルゲイ・スタロスティンのアルタイ仮説ではテュルク祖語*Kạma "カワウソ"、ツングース齟齬*kuma ”アザラシ”が日本祖語*kùmà、朝鮮祖語 *kōmの同祖としてアルタイ祖語*ki̯ằmùとなっています
    http://starling.rinet.ru/cgi-bin/response.cgi?single=1&basename=%2fdata%2falt%2faltet&text_number=+814&root=config
    日本語では馬のことを「コマ(駒)」とも言うので、原義として単純に「大きな動物」ぐらいだったのではないかと思います
    もともと馬がいなかったはずの日本で記紀にいう「天の斑駒(アメノフチコマ)」が馬として登場するのは不自然。スサノオが皮を剥いで投げ込んだのは馬ではなく本当は熊だったのでしょう

  • 108名無し2018/02/16(Fri) 20:40:21ID:U2MzU0MDg(44/63)NG通報

    >>97を少し訂正
    「伯」には「長男」という意味があるので「한」の持つ「大きい」と「1番」の意味が両立できます
    なので「伯濟」はそのまま「큰ᄂᆞᄅᆞ kʰɨ́n-nʌrʌ」の意訳と解釈できます

    あと「1」の意味の「한」は中期朝鮮語では「ᄒᆞᆫ hʌn」ですね
    これを「漢」「韓」で写したのならこれらの字は元から「한 han」ですから ㆍ/ʌ/ が ㅏ/a/ で転写された実例となり、これをもって>>89
    >1.もし古代韓国語に母音調和があるとしても、中国人音叉者が中国語の[ə]音で音叉できないという論理はおかしい。 もしそうだとしても、[ʌ]と最も近い陽性母音[o]がいるのに、どうして[a]の母音を話するのか? 近世韓国語で語頭[アレア]が[a]音に合流すると三国志時代の中国人音叉者も[ʌ]音を[a]に聞いたと主張できるのか?
    への最終的な反論とその根拠とします

  • 1092018/02/16(Fri) 23:07:29ID:U2MzU0MDg(45/63)NG通報

    >>104
    弁辰弥烏邪馬国・烏也県・烏丘山県は場所としては日本書紀に登場した「久礼山(くれむれ)」になるのだけれども、うまく音が合わない
    「烏」の字を使っていること、ヤマ(邪馬)=山であることからの比定です

    「烏」が黒い鳥なので連想して日本語の「クレ(暮れ) kure」「クロ(黒) kuro」「クラ(暗) kura」を当てるべきかと思うが、じゃあその前の「彌(弥)」はなんだという話になります
    (ミクラヤマ(御蔵山)とするのは一続きの単語の中に音訳と意訳が混ざっていて不自然)

    「彌(弥)」には「わたる "to fill; to cover"」「あまねし ”full; overflowing; extensive”」「いよいよ "more"」といった意味があるので、烏が集まる時刻(夕方)だから「クレ(暮れ)」というのは考えすぎなので保留

    miɑjɑmǎで三輪山は…母音連続なら確かにwが挿入されててもおかしくはないがうーむ…

  • 11012018/02/17(Sat) 06:04:55ID:A2OTQ2NDY(46/63)NG通報

    「小石索國」「大石索國」
    この2国は意訳と考えざるをえなかった
    ”石の索(綱)”というのは何なのかと思案した結果、”岬”のことと結論
    大小組になりそうな2つの地名を探すと
    「小石索」には「海皐郡,本高句麗冬彡(一作音)忽郡,景德王改名,今鹽州」「冬音忽(一云豉鹽城)」(延安郡延安邑)
    「大石索」には「開城郡,本高句麗冬比忽,景德王改名,今開城府」(開城特級市)
    以上「冬」から始まる2つの地名を発見
    前者は冬彡忽(トンシェムホル) /*toŋsjemhor/、冬音忽(トグムホル) /*toŋɨmhor/と読め、海皐は「皐(皋)」が川沿いの高地のことなのですなわち海岸の岸壁、鹽州(塩州)は海からの連想、豉鹽(豉塩)は更に連想で味噌と塩という意味
    後者は冬比忽(トンピホル)/*toŋpihor/と読めるが開城の由来がわからない
    世界的に大小のつく地名は手前にある狭い領域が「小」、奥にある広い領域が「大」とされる

    両者の頭にある「冬 *toŋ」
    https://tsukuba.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=23722&item_no=1&page_id=13&block_id=83
    この論文によればtumは円(四囲)、すなわち川が囲んでいる地形であるという
    ”丸い”は「둥글다 tuŋgurda」なのでそれも類語か、両比定地は川の間に挟まれ囲まれた地形と言えなくもない

    「彡」は*sjemまたは*samと読める
    百済語で”王子”を「セシム」または「サシム」と呼び、河野六郎の説では、「セ」または「サ」は中期朝鮮語で”男児”を「ᄉᆞᆫ아ᄒᆡ sʌn-ahʌi」というのを挙げ「ᄉᆞ sʌ」がもともと”男”を意味したとし、「シム」は指小辞(小さいものを表す時の接辞)であるとされている
    このことから*sjemを指小辞と解釈すれば「冬彡 *toŋsjem」=囲まれた小さな土地となる
    対して「冬比 *toŋpi」の「比 *-pi」は一体なんなのだろうか?扶余語独自の名詞接尾辞(指大辞?)の様だ

  • 11112018/02/17(Sat) 06:30:27ID:A2OTQ2NDY(47/63)NG通報

    >>101
    朝鮮語が扶余諸語と結局同系なのかどうかを一番突き止めたい
    三韓の中で韓語(現在の朝鮮語の祖先)として解釈できる国名は忠清道全羅道慶尚道に偏っていて、京畿道黄海道にはよくわからないの(日本語っぽいの込み)が多い
    個人的な印象では、同系だが互いに通じない別言語と言える程離れていて借用語によって基礎語彙まで異なってしまっている様に見える

  • 112名無し2018/02/17(Sat) 12:14:31ID:IzODgxNDQ(2/2)NG通報

    >>111
    日本語と朝鮮語は5000年とかそのぐらい遡ることができれば系統関係があるかもって感じなんでしょうか…。

    私は言語学はさっぱりわからないのですが、扶余諸語についてお聞きしたいです。
    地名から復元された高句麗語と記録されている満州語はどの程度の系統関係(親戚関係?)があると考えていますか?
    また、日本語は数詞で倍数法を用いています。
    高句麗語との関連が指摘されていると聞きますが、>>111さんが復元できた高句麗語に倍数法(1と2、4と8、3と6)が用いられているか判断できましたでしょうか?

  • 11312018/02/17(Sat) 18:16:05ID:A2OTQ2NDY(48/63)NG通報

    >>112
    高句麗語の数詞に関しては板橋義三の論文で挙がってるのが全て
    あれ以上は分かりません

    満州語が高句麗の言語を受け継いでるとしても、かつて白山靺鞨や粟末靺鞨として高句麗の属民でいたから借用語があっただろうという程度
    膠着語という文法形式で語順も同じなら語彙の借用もしやすい訳で、実際アルタイ諸語間は東西に隣り合うテュルク・モンゴル/モンゴル・ツングース間では似た語が多いが両端のテュルク・ツングース間では少ない
    共通の祖語を作るための変換法則も確立できず、類縁関係はなく、それぞれが個別の時代と場所で借用されてきたと看做されています
    加えてマクロ・アルタイ諸語として纏められる日本語朝鮮語でも同様です

  • 114名無し2018/02/17(Sat) 19:46:30ID:IxMTMyOTU(1/1)NG通報

    日本の人も韓国の人も割と普通に楽しんでるのは素晴らしい。

  • 11512018/02/18(Sun) 00:26:54ID:U3NTM4ODQ(49/63)NG通報

    優休牟涿國 *uhymotʰʌγ
    「江陰縣,本高句麗冬音奈縣,景德王改名,在穴口島內,今河陰縣」「冬音奈縣(一云休陰)」(江華郡河岾面)
    「休牟 *hymo」と「休陰 *hjum」「河陰 *ham」との類似音からの比定
    「陰 *ɨm」は前に母音が来た場合-mの音節末子音を表すと思われる
    「江陰」「河陰」は”川の南側”という意味で確かに江華島は漢江の河口の南にあるが、現地語の音写とのダブルミーニングで付けたものだろう
    「休牟 *hymo」は日本語の「シマ(島) sima」や百済語の「セマ(島) *sjema」の系統かもしれないし、「優 u」は日本語の「オホ(大) opo」、ツングース語の「amba」、モンゴル語の「amban」に相当する語だろうか?
    http://starling.rinet.ru/cgi-bin/response.cgi?single=1&basename=%2fdata%2falt%2faltet&text_number=++35&root=config
    「涿 *tʰʌγ」は「ᄐᆞᆨ(現代語では턱、"顎")」であるとすれば”河口”のことと解釈できる
    合わせて”大きな島の河口”と解釈する

    臣濆沽國 *nirɨ́m-bɨrkɑ
    「長堤郡,本高句麗主夫吐郡,景德王改名,今樹州」
    「臣」は日本書紀で記録されている”王”、”主”への百済語の訓「ニリム」の意訳と断定
    各地の領主、すなわち「王」や「主」は百済王や馬韓辰韓を統べる辰王の前では"臣下"となる
    「ニリム」は現代語では「님 nim」という敬称の接尾語となっており中期語では上昇調のアクセントを持つために元は2音節だったと考えられている
    2番目の母音は曖昧だったと想定して/ɨ/であるとし、*nirɨ́mと復元
    「濆 *bɨr」が「夫吐 *putʰo」に対応し、「沽 *kɑ」は場所を指す接尾辞(日本語でいう「コ(処) ko」「カ(処) ka」)とする

  • 11612018/02/18(Sun) 00:32:45ID:U3NTM4ODQ(50/63)NG通報

    >>110に補足
    "塀、垣"の意で「담 tam」という単語があるのでこれが「冬 *toŋ」「冬音 *toŋɨm」の類語かもしれない
    石垣ならば岩石が線状の範囲に高く積み上げられていて、まさに 「石索(石の網)」と表現しても差しさわりがない形状と材質だ

  • 117名無し2018/02/18(Sun) 01:57:40ID:ExNDM2NjY(1/3)NG通報

    나도 이런 이야기 좋아하는데 ㅋㅋㅋ 어원에 대한 이야기

    그.. 얼마전에 백제의 數詞가 발견되었는데 현재 한국어와 비슷합니다.

    예를 들어, 8은 今毛邑이라고 표기되어 있는데
    今 -> 訓 (여태, 이제)
    毛 -> 訓 (털, 터럭)
    邑 -> 音 (읍)
    이렇게 해서 <옅(여태) + 털 + 읍> = 여털읍 -> 여덟
    이렇게 됩니다.

    재밌지 않습니까?

  • 1182018/02/18(Sun) 02:01:46ID:U3NTM4ODQ(51/63)NG通報

    速盧不斯國 *sʌγrɑpəsœ
    「振威縣,本高句麗釜山縣,景德王改名,今因之」「釜山縣(一云松村活達)」(平沢市振威面)
    「不斯 *pəsœ」を「釜山 *pʌsjen」と比較

    板橋の論文では*busʊ(扶蘇)~*busi(夫斯) 'pine(松)'という形で「松」の高句麗語を挙げている
    「松村活達」の「松」は「釜山」の音の意味で、「達」は「山」のことだが、途中の読み方がはっきりしない

    「活」の訓が「살다(生きる)」なら「사 sa」と読んで指小辞と解釈でき、「村」を「伐 βər」と読んだとすると*pusiβər-sadar(プシボルサダル/부시벌사달)で"松村小山"の意か
    「振威」も音に結び付けるなら日本語の「振る pur-」と関連していそうである
    「速 sʌγ」は「속 sok(中)」乃至「ソコ(底) səkə」または「サカ(坂/逆) saka」の系統で”内部”や”下部”を意味する位置名詞だとすれば「盧 *rɑ」を属格「~の」の意味と看做せる

    合わせれば「(活達=小山の)麓の松」となりうる

  • 1192018/02/18(Sun) 02:20:17ID:U3NTM4ODQ(52/63)NG通報

    >>117
    今(여태) + 毛(털) + 邑(읍) = 八(여덟)
    確かにこれは面白いww
    謎解きパズルみたいで頭の体操になる
    新羅の人も万葉集がした様な遊び心ある表記をやっていたというのは感慨深いです
    ハングル専用でこういう音と訓を巧みに組み合わせた文字文化がなくなってしまったのはちと残念ですな
    日本人の感覚だと全く分からないハングルよりも一部でも分かる漢字のある吏読の方がまだ意味がつかめますので

  • 1202018/02/18(Sun) 02:23:04ID:U3NTM4ODQ(53/63)NG通報

    >>119
    間違えた
    新羅じゃなくて百済か
    最近発見されたということは三国史記や三国遺事とかじゃなく木簡の文字でしょうか?

  • 121名無し2018/02/18(Sun) 02:33:02ID:ExNDM2NjY(2/3)NG通報

    >>120
    以前에 百濟의 領土였던 益山의 彌勒寺址木簡에서 發見되었습니다.

  • 122名無し2018/02/18(Sun) 05:54:22ID:U3NTM4ODQ(54/63)NG通報

    日華國「赤城縣,本高句麗沙伏忽,景德王改名,今陽城縣」(安城郡陽城面)
    月支國「陰城縣,本高句麗仍忽縣,景德王改名,今因之」(陰城郡陰城邑)
    これらは”日”が「太陽」、”月”が「太陰」なので、「日華」は「陽城」、「月支」は「陰城」にそれぞれ相当する

    板橋は論文中で「沙伏=陽」と「仍=陰」それぞれ以下の高句麗語であると説明している
    ・*saipuk(沙伏)~*saipikon(沙非斤) `red(赤)':古代日本語の「ソホ(赭/朱) səpə(顔料に用いられた色の赤い土)」と百済語の「*sopi(所比) "赤"」に対応
    ・*na(仍) `female,yin(陰)' (or`iron'?)

    自分はこれらを少し違うと思い、以下の様に考えた
    前者は上古音「沙:/*sraːl/, /*sraːls/」「伏:/*bɯɡ/」「非:/*pɯl/」「斤:/*kɯn/, /*kɯns/」を考慮して「sjapɨk(沙伏)~sjapɨkɨn(沙非斤)」で日本語の「シラ(白) sira-」「シロ(白) sirô」、朝鮮語の「희다<ᄒᆡ다 hʌ́i-(白い)」「하얗다<하야ᄒᆞ다 hájahʌ-(白い)」「해<ᄒᆡ hʌ́i(太陽)」、ツングース祖語の「*šāk-(白)」「*sigūn(太陽)」、モンゴル祖語の「*sira(黄色)」「*sara(月)」、テュルク祖語の「*siarɨg(黄色)」などが対応
    前者は上古音「仍:/*njɯŋ/」と「陰竹縣,本高句麗奴音竹縣」も考慮に入れて「nɨŋ(仍)~nom(奴音)」(母音調和グループが変わってしまっているが、ドイツ語でいうウムラウトの様な現象があると予想)
    おそらくは日本語の「ヨル(夜) joru」「ヨ(夜) jo」「ヤミ(闇) jamɨ」「ヨミ(黄泉) jəmɨ」、ツングース諸語の「*dolba(夜)」の系統(日本語の単語の/j/は朝鮮語含むアルタイ諸語の/d/と対応する傾向があることが知られており、もしそれに扶余諸語の/n/が対応するならこれは正しくなる)

    >>121
    百済の木簡は開示されていないものが大量に秘蔵されてるとききます
    画像を公開して一般人にも解読のチャンスを与えて欲しいですね

  • 123名無し2018/02/18(Sun) 06:37:06ID:c2Nzg0ODQ(1/2)NG通報

    日本側に韓国人の欲しい多くの資料が残っていると言う皮肉。
    韓国人の意見だと日帝がくまなく古代資料を焼いたからだろう。

  • 124名無し2018/02/18(Sun) 06:40:15ID:c2Nzg0ODQ(2/2)NG通報

    ただこの大きさだと国と言うより、中国だと県と言われるレベルだね。

  • 125名無し2018/02/18(Sun) 08:31:35ID:ExNDM2NjY(3/3)NG通報

    新羅初初代王 赫居世居西干
    赫居世의 또 다른 表記는 弗矩內

    赫은 <밝다(bright)>, 世는 <누리(world)>
    故로 赫居世는 [혁거세]가 아니고 [밝아누리]라고 新羅人들은 읽었습니다. 中間에 居는 [밝아]를 읽을 때, 連音現象으로 [발가]의 [가]를 音借한 것입니다.

    弗矩內[불구내]와 [밝아누리], 古代語와 現代語인데도 發音이 類似합니다.

  • 1262018/02/18(Sun) 15:46:21ID:U3NTM4ODQ(55/63)NG通報

    古誕者國「介山郡,本高句麗皆次山郡,景德王改名,今竹州」(安城市竹山面)
    前後の国々を繋げて特定していった結果、広大な平野部(驪州盆地)が余ってしまったので仕方なくここを古誕者国をここに据えた

    「古誕者」と「介山」「皆次山」の関係を強引に解釈すると、まず板橋の論文曰く「*key(皆)<*kay~*keyc(皆次) 'king(王)'」とあるので「古誕者→古く誕生した者→長老→王」と連想する

    高句麗語で王を意味する語は魏志高句麗伝では「加(가)」となる
    Zhengzhangの上古音では/*kraːl/、日本語の呉音では「ケ ke」
    「介(개)」は/*kreːds/・「ケ ke」、「皆(개)」は/*kriːl/・「ケ ke」
    (「次 -tsʰ」は消えたり現れたりするので属格-sの類の語と推測される)

    *kaitsʰ~*kɛsと復元できそうな短い語に「古誕者」と三文字も使うのは不可解だが、短すぎるのも中国語話者には聞き取り困難なのだろう
    「長老」が原義だとすると「長く生きた」という意味で「길다 ki(r)-(長い)」と同根の語かも知れない

    「竹州」はおそらく「山/高い」の高句麗語「達 tar」が訛って「대 tai(竿・竹)」になったというのがおそらく真実だろう
    대=竿は物を高いところに吊るしておくために使う(その材料が主に竹(대나무=竿の木)であることは言うまでもない)
    高句麗人が「王の山」の意味で付けた名前を統一新羅の韓人は「長い竹」と受け取った

    >>123
    邪馬台国問題の解決には韓国の協力が必要だと思うんだ
    日本の卑弥呼邪馬台国界隈はあまりにも韓伝のことを無視しすぎて電波な説だらけになっている

    >>125
    これは驚いた。新羅王の名の韓訓(新羅語での読み方)は全て解明されているのでしょうか?

  • 1272018/02/18(Sun) 17:25:31ID:U3NTM4ODQ(56/63)NG通報

    古離國 *kɑ̌ri
    「荒壤縣,本高句麗骨衣奴縣,景德王改名,今豐壤縣」(南楊州市榛接邑)
    「荒壤(荒壌)」は”荒れた土”、「骨衣奴 *korɰino」が同じだとすると、日本語の「枯れ野 káreno」とおおよその意味と発音が一致し、「古離 *kɑ̌ri」は作物の実りが悪い貧しい土地を形容する(日本語の「カレル(枯る) kare-(枯れる)」に相当する)扶余語だと分かる
    この地名は縁起が悪いので逆の意味の「豐壤(豊穣)」として豊穣を祈願した様だ

    怒藍國 *nɑ̌ram
    「北原京,本高句麗平原郡,文武王置北原小京,神文王五年築城,周一千三十一步,景德王因之,今原州」「平原郡(北原)」(原州市)
    「平原」とあるのだからこれは素直に"平らな土地"の事とする
    平らな土地でnaraといえば奈良(平城京)のことが浮かぶ
    そういえば奈良のナラは나라(国)のことだという説を聞いたことがある
    しかし「나라」は中期語では「나랗 naráh」であり、寧ろ日本語の「ナラス(均す) náras-」「ナラブ(並ぶ) náráb-」に近い扶余語で"平原"という意味のこの*nɑ̌ram(ナラム/나람)に類縁の派生的な語彙であると考えたい

  • 128名無し2018/02/18(Sun) 22:43:45ID:k3NjM5NDA(7/7)NG通報

    >>127
    くだら(百済)、しんら(新羅)、から(加羅)、たんら(耽羅)、なら(奈良)と、
    ラの国が多いので、奈良もやはり国をあらわす言葉だったのだろうと推定される人達がいますよね。私も均す、平らなに賛成です。
    上記で、クダラは高句麗語のタル(山)、シンラはシロ(金)からと出ました。タンラ(耽羅)は耽牟羅と言われていたそうですから、新羅の言葉でムレ・ムラですよね。日本語だとムラ(村)とかムレ(群れ)になりますよね。
    あと路の字を当ててラ音になっている国名も見受けられますが、そのまま道、路の意味があるのでしょうか。

    すいません、もう一つお聞きしたいのですが、高句麗と高麗は違うのでしょうか?

  • 12912018/02/20(Tue) 06:49:40ID:U4NzIzNjA(57/63)NG通報

    >>128
    道の意味はないと思います
    形態素と渡り母音の融合で/ra/の様になった時に充てられるだけで、もしかしたら地形や他国との位置関係を見て街道上にあるなら「路」の字を使ってるのかなという位?
    あとはアクセント、「シマ(島) sìmà vs 斯馬 sœmǎ」「キ(木) kɨ̌ vs 鬼 kwǐ」「ヤマ(山) jàmà vs 邪馬 jɑmǎ」(院政期京都アクセントで比較)は中期朝鮮語と同様の形式で<平声→低調><上声→上昇調><去声→高調>として復元してアクセントの一致も得られました
    なので三韓語にもあるだろうアクセントを考慮した可能性も高い
    「路」を使った国の解説をしときましょう

    冉路國 njemrɑ́ 熱也山縣/尼山縣(論山市魯城面)
    この国は「ニリム(王・主)の」と解釈して、「冉 njem」を「熱 njər」「尼 ni」と対応させ「ニリム(王・主)」、「路 rɑ́」は日本語の「の nə」もしくは化石化した属格語尾の「な na」または朝鮮語の連体形語尾の「ㄴ/은 -(ɨ)n」「ㄹ/을 -(ɨ)r」と関連があると考える

    戶路國 γǒrɑ́ 菁州/康州/晋州(晋州市)
    これは「골 kor(谷)」と関連がありそうです
    日本語の地名でも「クラ」は崖ないし崩落地を示すという

    弁辰半路國 pár̥rɑ́ 八居里縣[北耻長里/仁里]/八里縣/八居縣(大邱広域市北区)
    /r/が連続した時は前の方が無声化して実際の発音は[s]の様になるという設定
    「八居里」「八里」「八居」「北耻(長)」は「밝다(明るい) park-」の様々な方言による揺れの様に見え、「仁」の訓「어질다(賢い)」には「聡明」という意味で通じる
    この「路」も属格助詞/動詞連体形の様である

  • 13012018/02/20(Tue) 06:57:26ID:U4NzIzNjA(58/63)NG通報

    弁辰甘路國 kamrɑ́ 蚊火良縣/上里縣(固城郡上里面)
    「甘路」は日本語の「カムル(被る) kamur-」「カミ(神) kamɨ<*kamui」「カミ(上) kami」の関連語
    現代日本にも明日香村(飛鳥)に上(かむら)という地名がある
    「蚊火良」は日本語の「カ(蚊) ka」、朝鮮語の「블 pɨr(火、現代語では불)」そして慣用読みの「良 ran(朝鮮語読みは량だが口訣では란と読む)」からなり、合わせてkabɨran(カブラン/가브란)と読ませ、任那に進出していた倭人の言語で「上」の意味
    それを漢訳して「上里」という県名に変更した

    >すいません、もう一つお聞きしたいのですが、高句麗と高麗は違うのでしょうか?
    高麗は本来高句麗の別名ですね
    間に句の字が入ってない方がエレガントだと思って改名した(ただしその後も高句麗の名は使われ続ける)のです
    高(コ)は高句麗王の姓で、元々は貊(狛/コマ)を略したもの、すなわち貊族のトーテムである虎を示したものと推測されます
    以後の時代に高麗として知られるのは王氏高麗といい高句麗の後継国家を名乗った別の王朝です

  • 131名無し2018/02/20(Tue) 11:25:21ID:A3Mzc2NDA(1/1)NG通報

    >>129
    韓國語에는「골(kor)」이라는 單語가
    골(kor) 村, 郡, 邑, 州 = 고을
    골(kor) 谷, 洞, 峽, 㟏 = 골, 골짜기
    골(kor) 倉, 庫, 庾, 廩 = 골
    等等이 있습니다.

    特히, {골(kor) 倉, 庫, 庾, 廩 = 골} 이것은 日本語의 [クラ]와 關聯이 있어 보입니다.
    現在 韓國語에서는 [골(倉, 庫, 庾, 廩)]이 死語로 取扱됩니다만, 現代에도 골방(골房)처럼 表現이 남아 있습니다.

  • 13212018/02/20(Tue) 20:40:02ID:U4NzIzNjA(59/63)NG通報

    >>131
    宏壯함니다. 이것은 無翻譯에서 九割 理解 可能.
    漢字의 힘은 最高!

    朝鮮語にも「クラ(倉・庫・蔵)」があったとは!
    菁州/康州/晋州の領県として「屈村縣,今未詳」とあるのが井上秀雄訳の三国史記では山清郡丹城面倉村里となっていて、「屈 kur」と日本語の「倉 kura」との不思議な一致に戸惑いを感じていましたが、そういうことでしたか

  • 1332018/02/22(Thu) 05:57:56ID:U5OTA4MzY(60/63)NG通報

    >>130を少し訂正
    日本語の「ヒ(火) pɨ̌< *pǝ̀-i」(露出形)は他の形態素と結合して複合語を作る際には「ホ(火)pǝ-」(被覆形)となるので
    「蚊火良」は「カ(蚊) ka」+「ホ(火) pǝ」+「良 ran」=*kabǝran(カボラン/가버란)とできます

    日本語の「ヒ(火) pɨ̌< *pǝ̀-i」と朝鮮語「불(<블 pɨr)」とは同源説がある
    http://starling.rinet.ru/cgi-bin/response.cgi?single=1&basename=%2fdata%2falt%2faltet&text_number=1828&root=config

    「良」が口訣では「량 rjaŋ」ではなく「란 ran」なのは魏晋南北朝時代の漢字音が唐帝国による朝鮮半島制圧以前で使用されていたからです(Baxter-Sagartの復元で/*[r]aŋ/、Zhengzhangの復元で /*raŋ/)
    地図を作る際に行った楽浪郡方言復元で上古音で音節末子音が-ŋとなっている箇所を-ɴとしている根拠の一つは、この様に百済語において-nと-ŋが混同されて日本語の「ん」の様な音韻になっていた可能性を想定してたからです

  • 1342018/02/22(Thu) 07:22:02ID:U5OTA4MzY(61/63)NG通報

    京畿道以北の国名は主に扶余系で朝鮮語での解釈が困難・不可能なものが多かったのですが、忠清道以南の国々は韓系で朝鮮語での説明が容易なものが多くなります

    咨離牟盧國 *tsœrimorɑ
    「鎭嶺縣,本百濟眞峴縣(眞一作貞),景德王改名,今鎭岑縣」「眞峴縣(一云貞峴)」(大田広域市儒城区)
    「咨離 *tsœri」が短縮されて「鎭(鎮) tsin」「眞(誠) tsin」となり、意味はよくわからない(「貞」は単なる字形の類似による誤字だろう)
    「牟盧 *morɑ」は韓の言語で「山」のことであり、日本書紀に「モロ moro」「ムレ mure」として記録され、中期語では「뫼 mǒi」となり、現代では漢語「산(山)」に取って代わられ死語である

    素謂乾國 *sɑ́ýsγʌr
    「二年郡,本三年山郡,景德王改名,今保齡郡」(報恩郡)
    これは結構強引な解釈をしなければならない
    *sɑ́ýsγʌrは連声現象が起こり/γ/が前の子音を帯気音化させる[ʰ]となり[sɑ́ýsʰʌr](サユサル/사유살)の様に発音されていたと想定する
    すると[sɑ́ý]は「게 sə̌i(三)」、[sʰʌr]は「살 sar(歳)」に当てはめて「三年」の意味にとることができる(「二年」はそれを誤認したもの、「保齡」は年齢に使う語である「살」からの連想)

    ここで[sɑ́ý]という새 saiに近い音韻が세 səiの代わりになりうるのかという問題が発生する(日本人にとっては二つの「セ」は同じように聞こえるが実際には異なる)
    そこで彌勒寺址の百済木簡の数詞を見てみる。すると「三」は「新台皀」
    これを我流で解読、「新」は訓読して「sáj(새)」、「台」は一般的な「대」ではなく上古音の/*lɯ/を考慮して「jə(여、現代に伝わる読みでは이)」、三文字目は画像では上の部分の中の横棒が縦棒になった「巴」と解釈されて-pにされているのは間違いでこれはむしろ「即」の右側を取った口訣文字の「皀 -k」に見える
    合わせれば*sájjəkとなり、中期朝鮮語以降で「세」である筈の数詞の三が「새」になっていた(異なった変化を遂げたのか合流していたのかしていた)ことが分かり問題なくなる(百済語は現代朝鮮語の直接の祖先ではなく絶滅した姉妹言語だからこれくらいの差はあって当然)

  • 135漢字맨2018/02/22(Thu) 07:38:32ID:Y1ODQxNjQ(1/1)NG通報

    섬 - しま <島>
    곰 - くま <熊>
    검 - かみ <神>
    위 - うえ <上>
    고을 - こおり <郡>
    이것들은 確實히 關聯이 있어 보입니다.

    또 不確實하지만
    맏(伯) - もと(元)
    마을(村) - むら(村)
    물(水) - みず(水)
    等等도 推測해봤습니다
    當身의 意見은 어떻습니까?

  • 1362018/02/22(Thu) 10:02:37ID:U5OTA4MzY(62/63)NG通報

    >>135
    >검 - かみ <神>
    日本語の「かみ」の祖型は*kamu-iなので直接の関係はなさそうですがアルタイ諸語にも類似の語があるのでそれらと関係があるかも
    http://starling.rinet.ru/cgi-bin/response.cgi?single=1&basename=%2fdata%2falt%2faltet&text_number=+813&root=config

    >위 - うえ <上>
    これは他人の空似
    「위」はもともと「웋」または「우」で、日本書紀の韓訓の「オコ oko」に対応します
    (oko > ohu > uh, ou > u-i > wi という風な変化)
    日本語で対応を探すなら「丘 oka」「沖 oki」「起く okɨ-(起きる)」「浮く uk-」「上ぐ age-(上げる)」
    究極的には場所を示す接尾辞の「カ(処) ka(「在り処 ari-ka」「住処 sumi-ka」「陸 kunu-ga(上古語で”陸地”)などに含まれる)」および「コ(処) ko(「何処 idu-ko(どこ)」「其処 sə-ko」「都 mija-ko」などに含まれる)」が近そうです
    なお、「うえ」は古くは*úpa-iだったと考えられており、これが「ヘ pe<pa-i(辺、何かの周辺)」「バ ba(場、何かするところ)」「マ ma(間、何かに挟まれたり囲まれたりした狭い空間)」と同根だとすると、「바(ところ、こと)」こそが本当の同祖語に見えます

  • 1372018/02/22(Thu) 10:16:15ID:U5OTA4MzY(63/63)NG通報

    >>135
    >맏(伯) - もと(元)
    「맏 mat」の類語と考えられそうなものを挙げてみましょう
    「맞다(正しい/迎える/適合する)」「막(たった今、まさに)」「묻다 (くっつく)」「맨<ᄆᆡᆫ(最も)」「머리(頭)」
    それから百済語として記録されている中に「世子(マカリトモ、すなわち嫡男のこと)」「正(マカリ)夫人」とあり、高句麗の官職には「莫離支」「大莫離支」、類似した名で扶余の後裔とされる民族集団に「豆莫婁(大莫婁)」があるため扶余語で*makari~*makri~*makruは「第一の、正しい」という意味になりそうです
    *-kは形容詞を示す接尾辞で*-ri~ruは属格を示す格助詞とみて語幹は*maであると分析すれば、これらを朝鮮語族として共通の祖語に遡らせることも可能
    更に日本語で近い語彙を探しますと、「最早」「もっとも」などの語根の「モ(最) mə」と「真面目」「マコト(真)」「マサ(正)」などの語根である「マ(真) ma」があり、それぞれ「第一の」「正しい」という意味があり一致します
    「モト(元) mətə」も「モ mə(最)」と「ト(迹/処) tə、地点を指す)」が複合してできた語の様です
    「結ぶ musub-」「生す mus-(苔などが生える)」「面 əmə(顔)」もその仲間とすれば、*mʌという祖型で「先頭、正式、真実、適切」という意味があったのではと思います

    >마을(村) - むら(村)
    以前はᄆᆞᅀᆞᆶ mʌzʌrhだったので全然違います
    日本語に同源を求めるなら「マツル matur-(奉る/祭る/祀る)」「マツリ maturi(祭/祀)」(「政」と書いて「マツリゴト」とも読む)の方が適切です

    >섬 - しま <島>
    >곰 - くま <熊>
    >고을 - こおり <郡>
    >물(水) - みず(水)
    これらは直接の関係がありそうです。古い形を書いて比べるとそれぞれ
    「セマ *sjema VS シマ sima」「固麻 *koma VS クマ kuma」「加火 *kaβɨr VS コホリ *kəpəri」「勿 *mɨr VS ミヅ midu」となります

レス投稿

画像をタップで並べ替え / 『×』で選択解除