スポーツに見る日本人の民族的性格―中国メディア

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    • 1名無し2022/09/10(Sat) 22:39:26ID:g5ODYyMzA(1/1)NG報告

       「鎌倉時代までは戦で刀や薙刀(なぎなた)を使用していたが、侵攻してきた元の槍(やり)が野戦に適していると感じ、戦国時代には槍が多用されるようになり、七本槍の逸話も生まれた」とした上で、「武士の刀はメンツや地位の象徴だが、本当に命が懸かかれば便利なものは何でも使うのである」と説明。「日本人は相手が強者であると認識すれば、例え敵であっても崇拝の念を抱き、その長所を全力で学ぶのである」と論じた。

      記事は再びスポーツに話を戻し、日本がJOCナショナルトレーニングセンターを設立して卓球の代表選手が集中して練習できる環境を整えたことを挙げ、「これは中国卓球の挙国体制に学ぶものだ」と主張。「意外かもしれないが、サッカーにおいても日本は中国に学んだ。1980年代には沈祥福、賈秀全ら中国代表選手が日本でプレーし、後にコーチとして日本人選手を指導した。沈は『私たちのレベルが日本よりも高かったので、日本側が求めてきた。日本人は相手がだめなら軽蔑し、強ければ尊重するんだ』と当時を回想している」と続けた。

      また、「日本人がどのような姿勢を見せるかは、その時点での両者の実力に懸かっている。そして、その強弱は変えることができる」と指摘。「歴史上、アジアの大陸の政権が全盛のころは日本は謙虚に教えを請うたが、自らが十分に強いと見るやその仮面を脱ぎ捨てた。同時に、日本の強者崇拝は冷酷な一面も持っている。強弱の区別があるだけで、絶対的な善悪の区別はないのである。強者は弱者に対して思うままに振る舞う権利を持ち、弱者は従順に受け入れることが当たり前とされている」とした。

      そして、「江戸時代に武士が平民を斬ったのは従順ではないからという理由だけかもしれないが、こうした力づくのDNAは中国侵略戦争の際に日本軍による中国の庶民への残虐性として現れたのである」としたほか、浅井長政の織田信長に対する裏切りや本能寺の変で明智光秀に討たれたことなどを挙げ、「強弱階級で定義された社会秩序の中で、忠義はいつでも捨てられる付属品だ。日本人は天皇に忠誠を尽くすと言われるが、実力ある大名は天皇を操り人形にしてきた」とも論じた。

      https://www.recordchina.co.jp/b900900-s25-c30-d0052.html

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