江華島事件(雲揚号事件)とは、軍事的な圧力で外交交渉を行う砲艦外交という
19世紀西洋の帝国主義を日本がアメリカから学んだ成果といえよう。日本も朝鮮もこのまま鎖国体制を継続することは
できなかったであろう。
砲艦外交を肯定するわけではないが、黒船来航も江華島事件(雲揚号事件)も
日本や朝鮮を開国させた点は評価できるのではないか。その通り
日本では支配側が被支配側の価値観を
柔軟に取り入れることも是とされた社会
だったが、中国や朝鮮半島では支配側の
価値観が絶対であるとされた社会
それは現代においても色濃く残している。
社会の柔軟性、寛容性、価値観の多様性
において日本と中国朝鮮とは大きく異なる。
中国朝鮮が前権力者を強く否定する傾向が
あるのを見ても明らかで、時代時代でころ
ころ価値観が変わる。これは権力者に従順に
ならないと生きられないという歴史を長く
続けてきたことで染み付いてしまった
民族性であろう。日本がアメリカから学んだ砲艦外交を朝鮮で実行したのが
江華島事件(雲揚号事件)。
もっとも、日本の場合は黒船と交戦しなかったのに、
江華島事件で朝鮮は雲揚を砲撃した点が異なる。
それも撃退できればいいが、雲揚から反撃されて陸上砲台を破壊される
などひどい目にあったのだからマヌケという他ない。>>4
>日本や朝鮮を開国させた点は評価できるのではないか
この点は微妙だ
鎖国体制を維持していたら、日本は植民地支配されたかも知れないという危険性はある
しかしそもそも、世界中を侵略していた、欧米に問題がある
日本が西洋と触れ合わないまま発展したら、どんな国家になったんだろう
自分は、西洋の近代文明が、江戸文化に勝るとは思わない
西洋人の考え方は、結局支配と搾取を前提にしている、今も根本は変わっていない
調和を重視する日本文明のあり方こそ、今後の世界に必要な思想ではないだろうか>>7
というか、日本側は20人で上陸突撃して、
守備側の朝鮮兵は500人が逃走してるという、弱兵極まるだろ。
日本側に黒船同様の武威の意図があるなら、その数で上陸するか?
黒船でも最初に日本に来たのは4隻(二度目は9隻)>>5
>日米修好通商条約の交渉を行った岩瀬忠震
ホントは攘夷派だった井伊の本心ってどうだったんでしょうね?
「もういいよやっちゃえよ!」ってな感じだったのでありましょうかねw
随分と昔、wikiの日米修好通商条約・締結地んトコいじくらせてもらったことがあって懐かしくて見返しちゃいましたw
「神奈川沖・小柴(八景島周辺)」のままになってたんで、どうやら間違ってなかった様子でホッとしますた。
今じゃ八景島さんが碑まで立ててくれちゃいましたし!雲鷹号事件。これは砲艦外交ではないと思う。江華島の塩河付近は、流れが複雑である。だから水深を調査していたのだ。給水のためボートをだして島に近づいたところ砲撃をうけた。井上館長は、江華島に砲撃せず、ヨンジョンド(いまの仁川空港)の砲台を占拠した。雲鷹号は250トンクラスの船。戦艦ではない。160ミリ砲1門、140ミリ砲1門だけの船である。この20年前の黒船は2000トンから3000トンである。大砲の口径も数も比べ物にならない。これが砲艦外交というものである。
雲鷹号事件の5年前、同じ場所で辛未洋壌という事件があった。米国海軍がシャーマン号事件のおとしまえをつけにきた。旗艦アラスカ3000トン、280ミリ砲1門、230ミリ砲20数門。雲鷹号と比較にならない戦艦だ。あとコロラド、モノカシー等1000~2000トンクラスの船5隻。朝鮮はぼこぼこにやられた。不思議なことに、現在ソウルの戦争博物館や江華島の博物館では、朝鮮が勝ったことになっている。江華島の博物館では、米軍屋や仏軍に買ったとして、両方とも広いスペースで、展示してあったが、雲鷹号事件は、約40センチ四方のガラス張りの展示しかも、戦後の交渉風景のみ。笑ってしまった。尚、雲鷹号は日本海側では、測量中朝鮮のむらの火事を消火したり浦項では、給水に行った時、現地の官僚に露骨にワイロを要求され、断固拒否している。井上館長は、元帥にまでなった人である。>>11
そうそう。日本もやるなら、ちゃんと数隻出してから恫喝するってのw
この時代から1945年までの間は、韓国人は日本からの侵略批判ばかりをやるが、
「では、どうすれば良かったのか?」を発言した例がない。
日本は穏便に朝鮮王に開国や欧米列強の危機を伝えても、中華圏の視点から上から目線で、日本を見下して蹴るだけだったし。オランダを通じて欧米の動向を、把握した上で、当時可能な限りの対処を行い、黒船による軍事恫喝で留めて、外国の
侵略を防いだ我が国の情報収支と、それに基づく外交能力。それに比べると李朝朝鮮は、清国の意向に沿う形でのみ
外交を展開して、隣の我が国の黒船騒動を例とできる情報を、全く軽視していた結果が、江華島事件だよ。隠者の国・朝鮮を開国させた雲揚の井上良馨艦長は日本のペリーであろう。
井上良馨は、江華島事件で時代錯誤の鎖国政策を終わらせた韓国の繁栄を
もたらした功績者というべきではないか。西郷隆盛は江華島事件について、「朝鮮は数百年来交際の国なのに、
戦端を開いてしまったのは誠に遺憾千万」と大久保利通の政府を
批判した。
日本側が勝手に測量するなど、挑発的な行為はあったとはいえ、
先に発砲した朝鮮側に非があるのは明確であって、
その点は朝鮮政府も認めて謝罪している。
にもかかわらず、西郷は、「測量の承諾を得ていたのに攻撃されたのなら
反撃するしかないが、無許可で測量したために発砲されたからというので
交戦に及ぶのは天理において恥ずべき行為である。」といっているのである。
さすが大西郷、外交においても信義を重んじる精神は偉大といえよう。>>1
その前から、欧米列強の艦船にも見境無く射撃してる。
江華島事件は、黒船来航よりも、薩長による欧米列強との戦争(薩英戦争や下関戦争)に似てる。
違うのは、薩長は欧米列強から学ぶべき点は学ぼうとして留学もさせたが、朝鮮は日本や欧米を非文明国だという見方を変えず日本からも欧米からも何も学ぼうとしなかった点。日本の幕府は言うまでもなく欧米の技術を積極的に学んでいた。黒船来航については、不平等条約を押し付けられた点が問題になるが、
日本を開国させたことは評価されることが多い。
江華島事件にしても、朝鮮が日本のように近代化に成功していれば、
雲揚の井上良馨艦長もペリーのような韓国の恩人になっていたはず。
ところが、その後の朝鮮は政治的混乱が続いて35年後の1910年の韓国併合
につながったため、現在の韓国で江華島事件は恥辱の歴史とされています。>>18 それはそうだろう。探査船にボコボコにやられて、面子がないのであろう。雲鷹号は長州藩から譲り受けたちっぽけな船。そもそも朝鮮は文明と言いうものが全くない国。殆どの国民が」、字が読めない。まともに飯が食えない。工学や数学は、石器時代並み。庶民は掛け算も知らなかったのではないか。
>>15
ペリーと琉球の交渉を調べても面白いかもよ。
外交の下手な朝鮮と違って、薩摩への体面と自国への負担を少なくする交渉術は面白い。
最終的に架空の役職と人物をでっち上げて交渉を成立させた黒船来航の13年後の1866年、アメリカの商船ジェネラル・シャーマン号が
通商を求めて平壌の羊角島に来航したが、朝鮮側により乗組員全員を殺害された
ジェネラル・シャーマン号事件があった。
ジェネラル・シャーマン号事件の5年後の1871年、アメリカは謝罪と通商を求めて
艦隊を派遣して戦闘になったが、朝鮮王国を開国させることはできなかった。
(辛未洋擾)ジェネラル・シャーマン号事件があった当時の朝鮮王国の権力者だった大院君が
もっと開明的な考え方をしていれば、1866年に朝鮮は開国されていたであろう。
その場合、現在の韓国では、ジェネラル・シャーマン号の船長は日本における
黒船のペリーのように開国の恩人といわれているのではないか。
韓国人は敵視している日本のやったことは悪意で見るくせに、
崇敬している米国のやったことについては好意的に見ることが多い。>>16
さすが西郷さん
西郷南洲翁遺訓を読まなければ
現代語訳版があればだけどww雲揚号가 조선 개국을 촉발하지 않았어도 언젠가는 개국하지 않았을까? 어차피 한참 뒤떨어진 나라였는데 좀 빨리 개국해서 장점은 무었이였을까?
좀 빨리 개국해서 장점은 무었이였을까? -> 좀 빨리 개국에서 얻을 수 있는 이득은 무엇이였을까?
日本の船だとわかっていたら撃たなかったというのが朝鮮側の主張だったわけでw
YouTubehttps://www.youtube.com/watch?v=EvAEli3hPcM
教科書で嘘教えてない?江華島事件は日本軍の挑発によって引き起こされたという「定説」に疑問を呈したい
面白い解説動画があった
本当の原因だけ知りたい方は30:55~
相変わらず朝鮮は朝鮮という内容だった
(´・ω・`)>>1
丙寅洋擾、真末洋擾、巨文島事件などを見ても分かる様に、大日本帝国が開国させなくても、ドイツやイタリアやロシアなどが朝鮮を開国させていた可能性が高かったと思われます。
黒船来航と江華島事件(雲揚号事件)
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