1980年5・18光州民主化運動の時、市民に向けた戒厳軍の集団発砲など軍の主要決定を保安司令部(現・機務司令部)が事実上主導したという証言が出た。全斗煥(チョン・ドゥファン)保安司令官-イ・ハクボン対共処長-光州505保安部隊のS課長につながる指揮-報告体系が、軍の動きを実質的に率いたということだ。
3日、江原道春川(チュンチョン)のある喫茶店で会った光州505保安部隊の元捜査官ホ・ジャンファン氏(70)は「保安司令部が空輸特戦旅団に作戦を助言し、(全南道庁前の集団発砲前日の)5月20日、発砲決定が下された」と話した。大邱(テグ)出身のホ氏は、5・18市民軍パク・ナムソン元状況室長により全斗煥、盧泰愚(ノ・テウ)ら新軍部中心勢力とともに殺人容疑で告訴された9人のうちの一人だ。5・18当時悪名高かった光州505保安部隊の中心捜査官だった。
彼の上司だったS課長は1980年5月20日午後5~6時頃、発砲と関連した計画を部隊員たちに説明した。ホ氏は「当時、S課長が捜査官らを集めて『すぐに発砲命令がある。味方側から先に発砲したと言ってはならない。暴徒が奪取した銃で先に撃ったと言え』と事前に口止めされた」と話した。戒厳軍は翌日の21日午後1時、全羅南道道庁前で市民らに向けて無差別発砲し、錦南路(クムナムロ)で市民34人が死亡した。
彼は発砲決定の責任者が全斗煥保安司令官だという話も聞いたと伝えた。
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/30565.html>>2
二人の愛は誰も引き裂くことができない- 4
名無し2018/05/13(Sun) 10:55:43(1/1)
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ひたすら報復だね
まさに地獄…
韓国人に生まれなくて本当に良かった勝てば犯罪者
負ければ被害者>>2
なんで手をつないでるの?どうでもいい
祝!!!!
불과 30여년 전 이야기인가
우리도 나라가 많이 변했구나死刑執行が楽しみだ
>>6
「一事不再理」は法治国家の話だよ~ん白骨団を再結成して 戦車兄貴 ゼン・トカンをトップに据えろ
>>14
21世紀になっても反日洗脳を続け体制維持に利用するクレイジーな国
それが韓国>>17
昨日、カイカイ反応で光州事件を見てたけど、アレは北韓勢力に寄る煽動だろ。
★ところで、在日朝鮮人側(元北シンパ)は、これからの目標は決まったのか?強制赤統一なんてヘラヘラしてたら
雲行きが怪しく成って来ただろう。オマエ達達もお陰様で関係者だな、バカ朝鮮人共
後先考える事の出来ない、バカ朝鮮人のオマエらは馬鹿だなぁ。これからは韓国からの呼び出しなのか北朝鮮からの呼び出しなのか
オマエは安心出来なく為る。日本でいうと、河野談話の時の村山元首相や、民主党政権時の菅直人を
後の安倍首相がさばいているようなものか
やりたいだろうけど、絶対やったら駄目、韓国みたいな滅茶苦茶な国になってしまう>>14
寛大(親が親日派で関係ない子孫が遡行法を受ける)
韓国の親日人名辞典にあたるものは欧州にあるの?
たしか、ソウルの中学高校に配布したよね。【聯合ニュース】市民からは憤り・失望の声 尹大統領弾劾案の廃案受(より抜粋)
1980年に南西部・光州で民主化を求める大規模なデモが起こり、軍の発砲で多くの犠牲者が出た「5・18民主化運動(光州事件)」の関連団体は「内乱首魁(しゅかい)の忠犬により韓国の民主主義と正義が再び踏みにじられた」と憤りをあらわにした。また、「憲法と民主主義を守らなければならない国民の力が自らの役割を放棄した惨憺(さんたん)たる結果」とし、「深い失望と怒りを禁じ得ない」と非難した。
南東部・大邱と慶尚北道の85の市民団体でつくる「尹錫悦退陣大邱時局会議」は「尹大統領の弾劾反対を選んだ国民の力は内乱同調犯となった」とし、同党の解体を求めた。
ソウル郊外の仁川の市民団体でつくる「尹錫悦政権退陣仁川運動本部」も「民意に背を向け、大統領の私益保護と内乱の共犯者となった国民の力は必ず解体されなければならない」とし、「大統領が弾劾されるまで、より多くの市民と共にする」と強調した。
https://jp.yna.co.kr/view/AJP20241207003800882>>21
両班の派閥抗争・党争は朝鮮王朝の伝統芸。
政治体制が変わっても国家の本質は朝鮮時代から全く変わっていません。韓国版天安門事件
【韓国】80年代に市民ら4万人強制収容、暴力が横行した“教育隊”で軍が抗議者に一斉発砲 当時の指揮官が45年越しに明かした“真相”
1981年に韓国の“不良矯正部隊”で発生した収容者に対する集団発砲事件に関連して、当時の現場指揮官が45年越しに事件の真相を明かし、当局に真相解明を求めた。
『聯合ニュース』など複数の韓国メディアが報じたところによると、江原(カンウォン)第5歩兵師団三清(サムチョン)教育隊で第3中隊長を務めたハン・ドンチョル氏(71)が8月20日、ソウル中区(チュング)にある「真実・和解のための過去史整理委員会(真実和解委)」の前で記者会見を開いた。
ハン・ドンチョル氏は「第5師団三清教育隊一斉射撃殺傷事件」に関連して証言し、真実和解委に真相解明の申請書を提出した。
4万人強制収容、大規模な人権侵害
三清教育隊は、1980年8月から1981年1月まで、全斗煥(チョン・ドゥファン)率いる新軍部が「社会悪の根絶」を掲げて設置した強制収容機関である。
名目上は「治安保護」や「犯罪者の教化」がうたわれたが、実際には粛軍クーデターに対する市民の抵抗を抑え込み、政治的弾圧や恐怖政治を敷くための組織だった。
当時は新軍部が1980年の戒厳布告を根拠に6万人以上を令状なく検挙し、このうち約4万人が三清教育隊に強制的に入隊させられた。収容者には罪のない一般市民や学生が多く含まれ、純化教育や労働奉仕などを通じた大規模な人権侵害を受けた。
この三清教育隊によって現場で54人が死亡し、後遺症によって397人が亡くなり、精神障害などの負傷者2678人が出たとされている。
その後、2018年12月28日に大法院(最高裁)が三清教育隊の根幹となった戒厳令第13号に対する違憲判決を下し、違法な公権力の行使による人権侵害事件であると判断された。
「少なくとも30~40人の死傷者」
ハン・ドンチョル氏が証言した「第5師団三清教育隊一斉射撃殺傷事件」とは、1981年夏、教育隊における残虐な暴力行為に抗議し、スクラムを組んでデモを行っていた収容者らに対し、軍が実弾を発砲した事件である。>>24
証言によると、事件の発端は「1中隊長が年老いた収容者のすねを叩いたこと」だという。「収容者たちは“お前たちに親はいないのか”、“三清教育隊を即刻中止しろ”、“我々を家に帰せ”とスクラムを組み、講義を行った」とハン・ドンチョル氏は言う。
そして、デモ隊と軍が対峙する状況が続いたなかで、収容者の脱出を恐れた連隊長が実弾の装填と射撃開始を命令。その命令が大隊長、さらに中隊長だったハン・ドンチョル氏へと順に伝達され、一斉発砲に至ったという。
同氏はこの一斉発砲によって「少なくとも30~40人の死傷者が発生した」と証言。そのうえで「45年が経った今日、初めて国民の前に立ち、あの日の真実を申し上げ、謝罪するためにこの場に来た」と述べた。
韓国メディアは、会見に同席した「三清教育隊全国被害者連合会」のイ・マンジョク理事長が「ハン・ドンチョル先生は(国家暴力の)被害者であり、加害者でもある。この場に立つまでに多大な苦悩と葛藤があったとされている」とし、「政府はハン・ドンチョル先生の事件以外にも部隊別に生存抗争があった点を認識し、真実和解委に調査してほしい」と訴えていたと報じている。反共、反日、反米などの大韓民国は信用出来ないです。
因みに、光州事件が韓国版天安門事件なら橋詰め、保導連盟事件は韓国版大躍進政策で済州島事件は韓国版文化大革命といった所でしょうか?
これで全斗煥の死刑台送り確定!光州事件での発泡は全斗煥の命令との新証言現る
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