에도시대 성씨를 가진 인간은 전체의 몇% 정도였어??

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  • 1tengu132018/02/09(Fri) 01:18:19ID:E4MjAyMTc(1/2)NG通報

    에도시대 성씨를 가진 인간은 전체의 몇% 정도였어??



    여자들도 성씨 있었어??



    남자도 대부분은 성씨 없었나??

  • 2名無し2018/02/09(Fri) 04:06:10ID:YyOTA0Njc(1/3)NG通報

    ファミリーネームならほとんどの日本人が持っていた。ただし、公の場で名乗ることが許され、公文書に記載されたのは全人口のだいたい10%くらい。この10%の中には生活水準が貧農と変わらない、足軽という下級武士も含まれる。

  • 3名無し2018/02/09(Fri) 04:25:36ID:k2ODc1MzY(1/1)NG通報

    画像
    清朝最後の皇帝宣統帝 愛親覚羅溥儀の実弟溥傑と
    嵯峨公勝侯爵の子の嵯峨実勝の長女の浩

    関連性は?

  • 4名無し2018/02/09(Fri) 04:54:57ID:c1NTI4MDk(1/1)NG通報

    >>1
    大半が持っていたが、公称できたのは1割程。

  • 5鳥◆Y7Zq9De/Zw2018/02/09(Fri) 05:40:16ID:M0NzQ4NzE(1/1)NG通報

    >>1
    侍が大手を振って歩いていた頃も、おそらくほとんどの日本人は姓を持っていたと思われる
    それを公言するのが許されなかっただけで

  • 6名無し2018/02/09(Fri) 06:04:41ID:c2NDAxMzk(1/2)NG通報

    町人に姓が無いころは屋号で呼んでたんじゃないかな、よく知らんけど
    鍋屋とか問屋とか…、明治大正昭和のうちの田舎ではそうだったけど
    江戸時代、江戸の花火師の玉屋、鍵屋とかもそうだな

  • 7zz名無し2018/02/09(Fri) 06:17:50ID:Y4NTU1NjQ(1/2)NG通報

    農民の木下藤吉郎
    ちゃんと苗字あるがな

  • 8tengu132018/02/09(Fri) 06:39:17ID:E4MjAyMTc(2/2)NG通報

    >>1
    여자들도 성씨 썼어?

  • 9名無し2018/02/09(Fri) 06:53:00ID:IwOTE3MTU(1/1)NG通報

    >>8
    女性だから姓が無い、という条件は知らない
    一族、店舗名、居住地などを示す名前であれば、
    そこに属する女性も、その名前を持っていたのではないか

  • 10hato◇chon_shine2018/02/09(Fri) 07:32:29ID:I1MjMyMzc(1/2)NG通報

    うちの先祖は苗字無いよ。
    商人で家系では屋号+名前で記録が残っている。
    何をしたのか分からんか何俵かの米をお上から褒美でもらったことが一回あったようだ。

  • 11名無し2018/02/09(Fri) 07:37:26ID:c2ODE4ODE(1/1)NG通報

    田中は「田んぼの中」、山本は「山のふもと」とか地名にちなんだ苗字の他に佐藤って全国1位だけど何が由来なんだ?普段「佐」も使わないし昔そんなに藤あったのかな?

  • 12名無し2018/02/09(Fri) 07:51:48ID:kxMTAyNTU(1/1)NG通報

    >>11
    「藤」が付くのは「藤原氏」の関係者。
    例えば「伊藤」は「伊勢の藤原氏」
    「伊藤」から分家して、関東に移住したのが「東の伊藤」で「伊東」

    「佐藤」の「佐」は「2番目」の意味
    「上から2番目の役職に就いた藤原氏」という意味。

  • 13zz名無し2018/02/09(Fri) 08:23:15ID:Y4NTU1NjQ(2/2)NG通報

    坂本竜馬、中岡慎太郎、近藤勇、沖田総司
    みんな元商人や農民だけど苗字あるがな

  • 14名無し2018/02/09(Fri) 08:25:47ID:YyOTA0Njc(2/3)NG通報

    日本人のファミリーネームと韓国人のファミリーネームは別物だからね。
    金という人がいたら、それは金一族の誰かということだけど、日本で山田という人がいたら、山田家という一家の中の一人という意味。

    北条 三郎 平 時輔(Hohjoh Saburoh Taira nо Tokisuke)
    昔の日本人はこんな名乗り方をしていた。

    北条 北条という一家の一員であるということ
    三郎 普段使う名前
    平  これが韓国人の金や朴と同じもの
    時輔 公式の名前、日常での実用性はあまりない

  • 15名無し2018/02/09(Fri) 08:54:55ID:E0MzY2MjI(1/3)NG通報

    >>1

    人名探究バラエティー 日本人のおなまえっ!
    http://www4.nhk.or.jp/onamae/

  • 16名無し2018/02/09(Fri) 09:00:35ID:E0MzY2MjI(2/3)NG通報
  • 17hato◇chon_shine2018/02/09(Fri) 09:03:04ID:I1MjMyMzc(2/2)NG通報

    ベイカーさんはパン屋さん。
    スミスさんは鍛冶屋さん。

    そんなものよ。

    明治以前の士族(侍)以外では、まぁ適当な自称の苗字が多い。
    木下藤吉郎だって怪しい。

  • 18髭◆bGmJzgr3/62018/02/09(Fri) 09:09:35ID:E4MjAxOTk(1/1)NG通報

    >>8


    日本の苗字は氏、ファミリーネーム、一族が名乗るもの。嫁げば一族に入る。
    朝鮮は創氏改名まで姓、血族が名乗るもの。

    朝鮮の女が名乗れないのは血族じゃなかったからでわ?
    李王に嫁いだ閔姫は閔氏の姫。李を名乗っていない。

  • 19名無し2018/02/09(Fri) 09:21:32ID:k4NjgyMzc(1/3)NG通報

    家は元武士だ分離し農民となった、武士は別の地域へ移動した。家族と家族の結びつきが重視された時代、身分階層の構造になるからこそ、血縁が無視されることもあり、身分が無視されることも。家族ではあるが、身分も血縁もバラバラの家で続いた家であった。

  • 20名無し2018/02/09(Fri) 10:30:44ID:M5MDI4NjU(1/1)NG通報

    >>7
    木下は松下家で働いてた時に改名した名です。

  • 21名無し2018/02/09(Fri) 10:49:30ID:E0MzY2MjI(3/3)NG通報

    >>1

    欧米では、FirstName (of) LastName
    日本では、LastName (の) FirstName

    源 頼朝  (みなもと の よりとも)
    平 清盛  (たいら  の きよもり)
    藤原 鎌足 (ふじわら の かまたり)

  • 22かわうそ2018/02/09(Fri) 10:55:48ID:Q0NjExOTI(1/2)NG通報

    坂本龍馬は本名じゃなかったんじゃなかったっけ?

  • 23かわうそ2018/02/09(Fri) 10:57:27ID:Q0NjExOTI(2/2)NG通報

    まぁ、少なくとも朝鮮人みたいに金で買ったり背乗りをして手に入れるモンではなかったな(´・ω・`)姓

  • 24新劇の巨人2018/02/09(Fri) 11:08:19ID:I3MzA0NjQ(1/1)NG通報

    >>22
    それ…西郷隆盛の話じゃない?

    『坂本』が姓で、『直陰(なおかげ)』の諱(いみな)を寺田屋事件の負傷の後、『直柔(なおなり)』にしたみたい。『龍馬』の名前は一緒。あの当時、動物の名前をあてるのが、子供の健康を願った流行の様なものだったって本で読んだことがあります。

    ちなみに諱は、代々受け継ぐ通り名。名前が家系を示すって意味では他国にも同じような習慣があるよね。

  • 25名無し2018/02/09(Fri) 11:33:17ID:Q0ODc1Njg(1/2)NG通報

    大半が苗字持ってただろうな。
    戦乱のたびに苗字を持ってる武家が落ち武者や改易で庶民にはなってるが、苗字はそのまま持ってたよ。

  • 26名無し2018/02/09(Fri) 11:49:01ID:M4OTk4NjA(1/1)NG通報

    まあ本当に持ってないのも結構いたのは確かかな
    俺の苗字なんかも明治新姓で新しく生まれたからね、全国で1000人程度しかいないちょいレア

  • 27名無し2018/02/09(Fri) 12:22:36ID:Q0ODc1Njg(2/2)NG通報

    >>10
    うちの祖先の場合農家で苗字があったけど屋号を名乗ってた。
    その地域ではほとんどが同じような苗字なので苗字自体にあまり識別力がなかった。
    だからなのか、それぞれの家ごとに固有の屋号を名乗ってた。

  • 28名無し2018/02/09(Fri) 13:48:39ID:YyOTA0Njc(3/3)NG通報

    >>23
    いや、金もくそも、大名家のほとんどが系図をでっちあげたというのが実情で。むしろ庶民のほうがそういう必要がなかった分だけ本当のルーツを知っているかも。

  • 29名無し2018/02/09(Fri) 15:49:12ID:EyMDUzNTQ(1/1)NG通報

    ひい爺は畳屋義一郎、畳屋だったんだな

  • 30名無し2018/02/09(Fri) 17:22:18ID:U2NDA4NDA(1/1)NG通報

    江戸時代は地方によって統治の仕方がバラバラなので、一概に言えない。

    確か住民に親の墓参りをさせるために、名字を義務付けてた所もあったな。

  • 31北区の人2018/02/10(Sat) 00:00:50ID:Y0OTQ1MDA(1/1)NG通報

    ウチの祖先は、長野の山猿。
    その頃から、姓は持っていた。
    京都の公家さんの荘園の管理者だった。その荘園の名前が、ウチの姓となってる。
    戦国時代、山から下りて侍になった。「一旗上げるべ」ってね。
    当時よくある話で、ウチも、氏は源氏を名乗った。もちろん眉唾だね。
    だから、氏は源氏。姓は北区(←ウソ)となっているよん。

  • 32ららら太陽2018/02/11(Sun) 14:52:05ID:Y0MTA5OTI(1/3)NG通報

    みんな知らないのか(^^)明治維新で名字がついたのだよ。

    日本は古代から平民とトップである天皇に名字がない不思議の国なんだよ。

    藤原なんて名字は藤原氏と関係ない人が勝手につけて役所に届けただけだよ。時々、常用漢字にない変な漢字の名字の人がいるでしょ。あれは殆ど漢字を知らなくて間違えただけ…斉藤の斉の字だね。何通りもあるでしょ。
    文盲の人が多かったんだよ。

  • 33名無し2018/02/11(Sun) 16:51:53ID:E2MjE0NjM(1/1)NG通報

    氏・姓・名字は本来は別物であった。
    氏=親族集団を表すもの。
    姓=天皇によって授けられたもの、主に官職名。
    名字=個人が自由に名乗って良い。
    屋号=一門・一家を基に家につけられたもの。
       同一姓が多い地域では屋号で呼び合うところもある。
       これから派生して商店名を屋号と言うようになった。
       
    名にも、捨て名・幼名・通称・本名があったが現在では本名のみになった。

    名字は庶民も自由に持つ事が出来たが、自由に名乗ることが出来なかった時代もある。
    明治の平民苗字必称義務令により氏・姓・名字を区別しなくなり苗字とした
    また、苗字不明の者は創氏し今日に至る。

    鎌倉時代から江戸時代までは、特に武将の姓名はころころ変わって覚えるのも大変だ
    例えば、徳川家康は松平元康、幼名は竹千代、通称は次郎三郎のちに蔵人佐、今川家時代の
    諱(いみな)は元康。独立後に家康を名乗る。勅許(天皇の令)により徳川を名乗り氏を藤原とした。
    私的には源氏を名乗っていたが、徳川改名と共に藤原氏を名乗りその後源氏を名乗るようになる。

  • 34名無し2018/02/11(Sun) 18:36:58ID:M5ODYyNjI(1/1)NG通報

    親父が亡くなった時に 親父の田舎の役場に行って
    旧戸籍を出して貰ったけど 文化七年の先祖から
    親父まで 延々親戚一同が載ってましたよ
    ○○屋敷を相続迄 書いてありました

  • 35名無し2018/02/11(Sun) 19:00:19ID:QxOTQ4MjM(2/3)NG通報

    江戸時代のカトリック対策などで寺の檀家ができたそうだが、神仏混合で役所手続きのようなものでもあった。
    だから宗派が変わっても記録は以前の寺にある場合も、確認していないがあるとのことだった。
    田舎で安定していれば集落の記録も廃棄処分されずにどこかの家に残っていることが多いのでは。
    個人で記録を失っても他には残っていることも。江戸初期までなら簡単に溯ることも可能な場合も。
    神社にも寺にも痕跡はある。

  • 36むしめがね2018/02/11(Sun) 19:15:57ID:Y2MzIzMjc(1/1)NG通報

    奴碑のお前らは家畜以下やから名字がなかった、日韓併合で名字がついてしもた。ごめんなひどいことして、もうすぐ統一したらまた奴非なってみょうじなくなるから喜べ。

  • 37ららら太陽2018/02/11(Sun) 20:52:52ID:Y0MTA5OTI(2/3)NG通報

    だいたい、江戸時代は商人とか村長で功績があった人は名字と帯刀を許されたのが自慢だったのに。平民に名乗らせる訳ないだろ。

    例えば、千利休とかは名字を許された。うちの先祖も商家だったけど名字帯刀を許された。普通、村人は名字帯刀を許された村長の殆どが小作人だから、名乗るのを許す訳ないよ。身分社会なんだよ。

    地主と小作人という関係が殆どなのに、小作人には名乗らせない。

  • 38名無し2018/02/11(Sun) 21:00:53ID:EwNTMyMTk(1/2)NG通報

    俺の否かはほとんどの人が名字があったよ

  • 39名無し2018/02/11(Sun) 21:01:41ID:EwNTMyMTk(2/2)NG通報

    >>38
    訂正: 田舎

  • 40名無し2018/02/11(Sun) 22:48:09ID:IyNDI2NTI(1/1)NG通報

    >>37
    庄屋はほぼ確実に苗字を持ってた
    少し大きな百姓でも苗字を持ってる事が多い

  • 41名無し2018/02/11(Sun) 22:49:12ID:UyNzQ3Njk(1/1)NG通報

    >>11
    「十六藤」(順位はその姓の人数の多さ)
      1位、佐藤 →佐野庄や左衛門尉の藤原
      5位、伊藤 →伊勢の藤原。伊豆の藤原は伊東
     10位、加藤 →加賀の藤原
     19位、斎藤 →斎宮頭の藤原
     35位、後藤 →藤原の子孫の意、後藤太(後藤田)から後藤に
     36位、近藤 →近江の藤原
     38位、遠藤 →遠江の藤原
     69位、安藤 →安倍+藤原
     74位、工藤 →木工助の藤原
    158位、内藤 →内舎人の藤原
    185位、須藤 →那須+藤原
    243位、武藤 →武者所の藤原
    596位、進藤 →修理少進の藤原
    2224位、尾藤 →尾張の藤原
    2438位、神藤 →諏訪神党の藤原
    6603位、春藤 →謎w

    「二二四藤」
    佐藤、伊藤、加藤、斎藤、後藤、近藤、遠藤、斉藤、工藤、安藤、内藤、須藤、武藤、齋藤、進藤、江藤、齊藤、首藤、衛藤、新藤、兵藤、松藤、井藤、大藤、谷藤、権藤、木藤、清藤、尾藤、古藤、森藤、高藤、山藤、神藤、周藤、五藤、海藤、嘉藤、西藤、中藤、仁藤、重藤、白藤、小藤、本藤、羽藤、三藤、金藤、宇藤、岩藤、今藤、阿藤、末藤、吉藤、紫藤、瀬藤、皆藤、岡藤、依藤、諸藤、志藤、早藤、真藤、春藤、実藤、矢藤、美藤、菅藤、永藤、丹藤、長藤、印藤、光藤、丸藤、信藤、東藤、甲藤、沢藤、関藤、竹藤、間藤、数藤、上藤、紀藤、有藤、水藤、国藤、平藤、杉藤、半藤、宗藤、主藤、奥藤、篠藤、久藤、広藤、千藤、湯藤、若藤、野藤、延藤、友藤、津藤、滝藤、宮藤、円藤、下藤、角藤、恵藤、柴藤、和藤、才藤、北藤、左藤、登藤、坂藤、栄藤、生藤、石藤、立藤、常藤、川藤、済藤、乙藤、恒藤、京藤、布藤、二藤、沖藤、次藤、見藤、赤藤、雲藤、呉藤、村藤、倉藤、島藤、門藤、由藤、澤藤、一藤、八藤、池藤、無藤、兼藤、正藤、分藤、喜藤、為藤、家藤、梅藤、不藤、服藤、寄藤、河藤、天藤、都藤、元藤、鶴藤、原藤、伴藤、居藤、能藤、勝藤、頼藤、仲藤、賀藤、拝藤、蔵藤、前藤、行藤、岳藤、圓藤、鵜藤、相藤、備藤、道藤、紺藤、管藤、因藤、田藤、夷藤、盛藤、地藤、南藤、由比藤、納藤、梶藤、秋藤、要藤、右藤、衞藤、則藤、時藤、下り藤、實藤、船藤、俵藤、浅藤、廣藤、源藤、儀藤、味藤、茂藤、鍋藤、恩藤、名藤、神野藤、利藤、糸藤、師藤、妻藤、浜藤、花藤、定藤、熊藤、四藤、青藤、勢藤、横藤、可藤、茂戸藤、年藤、萩藤

  • 42名無し2018/02/12(Mon) 00:08:56ID:A2NTU4MTY(1/1)NG通報

    >>40 父方が宮城の方の庄屋だけど、名字があったねぇ。
    お寺に保管されている過去帳で確認されている。
    仙台の方は度々空襲があったらしいので、よく残っていたと調査した婆ちゃんと親戚が話していた。

    母方は北陸の武士だったから名字はあった。
    只、ものすごい貧乏侍だったと思うw
    (多分大きな商家とか庄屋の方がリッチ)

    明治の平民苗字必称義務令では、子供の学校の先生の名字をもらったおうちも多かったとか聞いた事がある。

    本姓は源が圧倒的に多かったらしく、武家の84.6%が源平藤橘。
    これは後付けだろうね。

  • 43名無し2018/02/12(Mon) 01:17:36ID:UzNjcxMjA(1/1)NG通報

    >>37
    >>1は江戸時代だからなぁ
    幅があるよね
    でも、どこどこの〇〇みたいに標識はあったと思うよ

  • 44ららら太陽2018/02/12(Mon) 02:18:03ID:czMDg4NjQ(3/3)NG通報

    名字が許可システムだから広がらないのだよ。
    武士の家で名字があっても名乗れるのは家をついだ長男だけ、次男は部屋住みで飼い殺し。3男以下は名乗れない。
    庄屋の家でも直接の分家は名乗れたが、次の代では名乗れない。
    天皇家の降嫁とかを考えたらわかる。皇族ではなくなる。昔の名字は小さな皇族システムだったのだよ。

  • 45名無し2018/02/12(Mon) 09:33:19ID:Y0MzIwMzY(1/3)NG通報

    >>44
    名乗れないのではなく、名乗らない。
    「藤原クーン」と呼べば
    >>41氏が紹介してるほどの大勢が「ハーイ」と手を挙げる。
    現実の用をなさない。
    同族間では通称、地名、屋号などが互いの呼称になり、
    これが名字になった。
    「平氏の小伜、長尾景虎」が「藤原朝臣、上杉謙信」に変身したりもする。

  • 46名無し2018/02/12(Mon) 10:47:44ID:Y0MzIwMzY(2/3)NG通報

    >>1
    女性も名字いた?
    男も大部分は姓なかったか?

    これが日韓の「名」

  • 47名無し2018/02/12(Mon) 11:26:25ID:Y0MzIwMzY(3/3)NG通報

    >>46
    ゴメン。
    これが日韓の名とか氏とか家の違いなんだよな。
    「家」には名字があるけど個人は固有の名字を持たない。
    男女は関係無し。
    まして夫と妻が別の名字を持つ事など考えられない。
    「橘家から藤原家に最近嫁入りした薬子」と名乗る事はあるかも知れない。新婚当事なら。
    一般的な名乗りなら「藤原家の薬子」、藤原薬子になる。
    これは嫁入りした場合でも婿入りした場合でも同じ。

    韓国ではどのようにしてるのでしょうか。
    朴家に金家の娘が嫁ぎ、
    韓家の倅が養子になって季家の娘がそれに嫁ぎ、
    産まれた子供の名字はどうなるんですか?

    この場合、日本では全員が「朴」になるんですが。

  • 48名無し2018/02/12(Mon) 12:53:31ID:EzNTgxMTY(3/3)NG通報

     日本は恥の文化とされることもあった、天に監視されている恥だろうか、朝鮮は人に監視されている恥、キリスト教は教義に監視されている恥、内や外や他の空間からの恥だろうか。
     『武士道』新渡は、教授と殴り合うような生徒でメソジスト系(後にクエーカー)であだ名「モンク(修道士)」で農業経済学、法学。島領土紛争調停、海外領土開発、人種差別撤廃、人工言語、反軍閥で活動。家族は兵法学や生物学など青森インフラ開拓産業整備、流刑や閉門に。 諺を拡散したらしい「情けは人の為ならず」、南北朝時代からあるが因果関係物語は佃祭の客船沈没事故など様々。
     地方田舎の昔の農民記録を集落住民と見ることがあるのだが、「情けは人の為ならず」のような動きが感じられる。住民個人の管理識別や開拓に関して寺や神社や住民と協力し家庭の子供の状態まで把握しようとしている。明治や昭和での集落農民個人の江戸時代のイメージは、実際とは大きく異なるよに見える。

  • 49名無し2018/02/12(Mon) 13:03:02ID:Y0NzU0NTI(2/2)NG通報

    日本人だけど、個人的には他人の目を気にしてるからだと思うな
    例えば、車のいない赤信号の横断歩道で、一人だったらスタスタ渡っていくけど、
    他の人や警備員が立ってたりすると(相手を不安にさせないように配慮して)渡らなくなる
    ある時外人みたいにタイミングを計りながら赤信号を渡ったら、小学生がつられて飛び出してビビったわ

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