シンガポール華僑粛清事件

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    • 1名無し2017/11/18(Sat) 16:25:34ID:k5NDQ0MDA(1/2)NG報告

      ウソだらけの韓国の歴史や南京大虐殺の話ではなく、間違いなく事実であるシンガポール華僑粛清事件について語ってみましょう。

    • 18名無し2019/08/14(Wed) 21:18:31ID:gxNTAyOTI(1/1)NG報告

      このような話は興味があります。日本の蛮行。韓国の方は鬼の首を取ったかのようになるとは思うが。・・・・・・そんなことはどうでもいい。失礼な言い方をするかもしれないが・・・・・・あんな奴らに何が解る!!!!・・・・・失礼・・・・。

      日本の蛮行があったのは事実。末端から中枢まで。今までは末端的な話が主だったが。今は中枢の話が多くなってきた。日本人はそのことをもっと知るべきだと思う。時代がかなり過ぎてしまったが、今それを知ることができるようになってきた。まあ~いろいろな意見が出てくると思うけど。それこそ望んでいたこと。いろいろと話しあってほしいです。

      韓国の方にはまったく興味のないことでしたね(笑)申し訳ない。

    • 19名無し2019/08/15(Thu) 02:02:11ID:g2MDM4NzU(1/2)NG報告

      こういう件こそ、賠償協定で
      検討すべきだよね

      https://blog.goo.ne.jp/yshide2004/e/0cd38ebb295cccb106d80e21d61490c9

      シンガポールには、約30億円しか
      祓ってない、少ないよな
      韓国から回収して、シンガポールに払うべきだろ

      シンガポールはしっかりしてるから
      乞食とは違うんだろうけど

    • 20名無し2019/08/15(Thu) 02:04:57ID:g2MDM4NzU(2/2)NG報告

      >>18
      うーん
      もう、いいんじゃね、そういうのも

      シンガポールから言われたならともかく
      あえて、振り替える必要なくね?

      日本が悪いっていう、左翼の洗脳は
      十分過ぎるほどされてきた

      いい加減、前を向こうよ

    • 21去年まではチベスナ(8月15日は「月遅れ盆」お盆にも利権問題がありまして、元は陰陽寮管轄だったのが江戸初期に不祥事突かれて寺社奉行に管轄権を奪われたとか。生臭い話でした)2019/08/15(Thu) 07:15:33ID:UwOTE0NDU(1/1)NG報告

      アヘンを売らせろ~って言う中国側と、アヘンは絶対ダメって言う日本側のケンカだっけか。
      この中国人達、シンガポールで誰にアヘンを売りたかったんだろ。

      今も昔も麻薬絡みの商売人ってさ、血を血で洗う闘争を平気でするから困ったモンだよね。

    • 222019/08/15(Thu) 08:16:35ID:M4NzQyNzU(1/3)NG報告

      >>1
      辻政信がやらせたこと
      作戦の失敗は他人に擦り付け、捕虜や民間人の殺害に関与し、戦後逃亡、なぜか国会議員になる
      最悪の日本軍人

      ノモンハン事件
      勝手にソ連と戦争を始める
      ソ連との全面戦争を恐れた日本政府からの命令を無視し、空爆までする
      作戦の失敗を井置栄一らや解放された捕虜たちに責任を負わせて、自決を強いる

      シンガポール華僑粛清事件
      警備本部で嘱託として勤務した篠崎護や現地の陸軍将校も、辻が企画・指導したと証言している[22][23][24]。「抗日分子」の選別は、事前に取り決めた名簿に照合する方法で厳密に行われていたわけではなく、辻参謀が現場を訪れて「シンガポールの人口を半分にするつもりでやれ」と指示を飛ばすなど、粛清する人数そのものが目的化されていたため、外見や人相からそれらしい人物を適当に選び出し、多数の無関係のシンガポール華僑が殺害された[25]。辻の起案した命令に対して、河村参郎昭南警備隊司令官などの指揮官たちは、短期間に大量の市民から敵性華人を選り分けるのは不可能であると上層部に抗弁し[26]、河村はその後も虐殺中止するように進言した[27]。

      バターンの偽命令による虐殺
      連隊や兵団に「米比軍投降者を一律に射殺 すべしという大本営命令を伝達する」との命令が第65旅団司令部から電話で伝達された。この命令を信じ、第百二十二連隊のように虐殺を実行に移した部隊もあった。ところが大本営はこのような命令を下達しておらず、本間中将も全く関知していなかったため、偽命令とわかった。当時、歩兵第141連隊長であった今井武夫は、第65旅団司令部の高級参謀・松永梅一中佐からその命令を電話で伝えられた。松永の談によると、辻が口頭でその命令を伝達して歩いていたとのことである

      ポートモレスビー作戦
      補給上の見地からポートモレスビー占領は困難であると見ていた大本営では、十七軍に対して作戦研究を命じたが、十七軍に命令を交付するためミンダナオ島ダバオに到着した辻は、直ちに作戦を実施するよう指導した。6500人戦死

    • 232019/08/15(Thu) 08:17:44ID:M4NzQyNzU(2/3)NG報告

      >>21
      >アヘンを売らせろ~って言う中国側と、アヘンは絶対ダメって言う日本側のケンカだっけか。

      なにそれ、誰がそんなこと言っているの?

    • 24名無し2019/08/15(Thu) 20:53:00ID:E1NDE4MTU(2/17)NG報告

      >>1
       戦後に於いて、歴史論を語る場合、決まった様に日本列島の先住民社会で有る大和民族側が加害者で、南京平原や北京平原や満州地域や朝鮮半島に対して、面積的にはカナダに次ぐ、そして人口的には世界最大の移民大国を造った、いわゆる韓国韓民族を含む漢民族社会が被害者、と言う構図が戦後70年の常識の形に成っています。

       そしてそれは、時間の経過とともにエスカレートする現象を発現しています。
       それを日本国内の常識から考えれば、不思議と思えるのですが、別の見方をすれば必然の結果、でも有るのです。

       その理由としては、第一に、科学的技術の最先端で有る遺伝子分析学に基づいて検証すると、現在の韓国は、原住民社会では無く、移民社会で有ると言う点です。

       ここで、大概の日本人は、「え。!?」。
       この様に反応するのですが、実は大韓帝国の頃から中国の陝西省と山西省から年間130万人規模、現在のドイツに対する移民の規模で流入した存在なのです。

       ちょうど現在の中国国民が、それまでは清国の冊封体制で南京平原や北京平原に流入する事が出来なかった時代を経過した後に、1842年の南京条約から大挙して流入する状態に成った様に、です。

       ですから1942年の太平洋戦争とは、その100年前から活発化した移民に依る植民地支配、更には新国家建設圧力、更にその勢い余っての先住民を皆殺しするアジア・ホロコーストを発生する勢力と、先住民同士で助け合って生き延びようとする勢力との生存闘争の形(構図)、でも有ったのです。

       そしてその中で、一番の勝者はだれかと振り返れば、完璧なアジアン・ホロコーストをやった上に、真っ先にその科学的に見た場合の被害者側から、経済大国に成る為の支援を受けた韓国、と言う形に成るのです。
       中国も同じ様な存在だけど、韓国から見れば、韓国が道を作ってやった構図だから、中国の成功も韓国の戦果そのものなのです。

       この様に検証して見ると、多くの疑問が解消するのでは有りませんか?

    • 25名無し2019/08/16(Fri) 20:55:33ID:Q2NzcyMTY(3/17)NG報告

      >>1
       次に、意外に忘れてしまった人が多いと思いますが、外国の領土内で捕虜に成って虐殺された国民の人数の最も多い国は、実は日本なのですねぇ。
       満州地域で、軍人10万人、民間人10万人。
       満州以外の中国国内で、軍人10万人、民間人10万人。
       東南アジア地域で、軍人10万人、民間人10万人。
       不思議なほど同じ被害規模なのですが、住民票や日誌などと一緒に保存されている資料から間違いの無い史実の様です。

       当時の東南アジアに日本人が存在した点を理解する手掛かりの一つとして、インドネシアの独立の流れが有ります。
       そもそも軍人と言う存在とは、戦う事が主題です。
       モノを造ると言っても、戦う為に必要な臨時の橋や道路を造るだけなのです。
       それを前提に、インドネシアの変化を考えて見ると如何ですか?
       100年も白人社会の農奴階級として抑え込まれていたのです。
       因みに、フィリピンに於いては1890年代にアメリカ軍と東インド会社に依って、独立心の強い男達が70万人も粛清されています。

       そうした時代と状況から、旧日本軍の敗戦が決まった1945年8月15日の2日後に、独立を宣言して、70万人の戦死者を出しながらも1949年の独立成立にまで至っているのです。
       そこに軍人が、必要な社会資本を造り続け維持して支え続け、必需品を供給し続けた、と言うところには矛盾が有ります。
       軍人は、そう言った知識や技能の専門組織では無いからです。
       即ち、それを成し得る為に必要な民間人が派遣されていたからなのですねぇ。

       ですが、それを親の仇の様に憎む関係の存在者もいたのですねぇ。
       即ち、雲南省に系譜を持つ、現代の韓国韓民族を含むいわゆる漢民族社会の中でも、東南アジアに流入して白人の下請け軍事組織として、先住民を軍事支配して来た移民の人々です。
       旧日本軍の進出で、一度は中国に送り返されて、旧日本軍の敗戦で舞い戻って来たのですから、カンボジアのポルポト政権の様に、軍人の捕虜十万人、民間人の捕虜十万人を、拷問を加えて楽しみながら粛清したのですねぇ。

       しかもそこに、賠償金として30億円のお金を支払って謝罪しているのですから、月日が経つほどに、期待する結果が得られなく成る次第なのです。
       識者各氏の検証を得られれば幸いです。

    • 262019/08/16(Fri) 22:09:59ID:Y0MTEzNjA(3/3)NG報告

      >>25
      > 満州地域で、軍人10万人、民間人10万人。
      > 満州以外の中国国内で、軍人10万人、民間人10万人。
      > 東南アジア地域で、軍人10万人、民間人10万人。
      > 不思議なほど同じ被害規模なのですが、住民票や日誌などと一緒に保存されている資料から間違いの無い史実の様です。

      研究論文を教えてね♪

    • 27名無し2019/08/17(Sat) 20:40:00ID:c4MTI2MTc(4/17)NG報告

      >>26
       私の長文を丁寧にお読み下さいました御様子で、誠に有難う御座います。

       あなた様のご指定の資料に関しては、20年ほど前に、不思議とわざわざ私を訪ねて下さいました人がいて、持参した資料を開いて、紐解きながら、その意味を話して聞かせて下さいました。

       すると5分ほども聞いている内に、聞いている私の方が胃弱なもので、吐き気がして耐えられない感じが致したものですから、
      「もう、そのぐらいで充分ですよ。よく分かりました。」
       この様に言って勘弁して頂きました。

       そしてそういた資料を公式に公開しなかった理由としては、日本国内に必要以上に不信感や憎悪が醸成されてしまうと、順調に進んでいる東南アジアを含む全世界の独立国家体制の維持の為の日本からの経済協力が止まってしまうから。
       でも、一人一人のその死の意味と価値は、完全に忘れ去られる様な事が有っても、世界の平和が傾いて神も仏も無く成ってしまうような不安が有るので、然るべきところにしっかりと所蔵し継承されていて、全く支障が発生しない時代に成った時に、公開出来る様に備えている。
       この様な説明でした。

       私は個人的に、添付されていた写真なども見せて貰った事が有るのですが、戦争直後の世界は、言わば匪賊の狂喜乱舞と言った混乱状態が有り、あの京アニや赤軍派に依る浅間山荘事件の様な事柄が、津波の様に押し寄せていた様で御座います。

       現実に、当時の日本の国は帝国主義の国で、一般市民の戦争に依る犠牲としての死亡が、総合計で約4百万人で有ることは、住民票に基づいて確認されています。

       そしてそのうちの10万人が、東南アジア地域なのかと言う点に関しては、現在のパスポートよりもかなり大きい「大日本帝国外国旅券」と「会社の日誌」と「個人の日記や写真」、そして死亡届に依る国内の「住民票の除票」と言う形に成ります。
       よくも、これほど細かく丁寧に、と言うほどに、いわゆる帝国主義的に記録が残されていて、そしてそれを現地の日本人の友人に頼まれたと言うインドネシア人やタイ人や華僑の人が保存してくれていて、戦後の暫く経ってから日本国内に無事に届いた、と言う資料も多いようです。

       こうした背景の程度で、なぜ「史実」と言う言葉を使ったのか、と言う点に付いては、この後の投稿で説明させて下さい。

    • 28名無し2019/08/17(Sat) 20:46:21ID:c4MTI2MTc(5/17)NG報告

      >>26
       そもそも、日本に向かって打って出ている形の韓国韓民族を含む漢民族社会全体に於いては、「史実」と言う言葉を、かなり自由に使っていますよねぇ。
       具体的には、従軍慰安婦と言う文字を使っている性的な目的で奴隷にされた女性の存在が20万人、と言う様にです。
       ですが、そこには、科学的な史実に対する大きな矛盾が御座います。

       即ち、1970年当時までの日本国内では広く知られていた事ですが、韓国は1970年に国連から安全宣言がアナウンスされるまで、淋病の自然疫源地帯で有ったのです。

       その影響で、日本国内では銭湯に入っていて、韓国人が入って来た場合には、その使用した風呂椅子は、本人が帰った後に殺菌用のアルコールで殺菌すると言う状況が有りました。

       風呂場全体も、5分以上動き回る事をしないで、じっとしていて時間が経過するのを待つ、と言う事が有りました。
       私は当時、子供だったので事情を良く理解できないでいたのですが、中学生に成ってから、なんとなく自然に分かった次第です。

       関係する事としまして、韓国出身の東京大学卒業の女性が、三菱商事に就職を受け入れて貰ったのだけれども、1970年代中盤に、
      「お茶を淹れて配っても、伝染病保菌者の様に不当に差別する観念が有って、誰も飲まない。」
       この様な趣旨で、不当な差別の撤廃を求めて裁判が起こされた事も有りました。

       当然の事ですが、当時は日本に於いても、韓国国内に於いても、現在の様に、
      「1940年代に日本人が韓国人の女子の手を自分の素手で引っ張って行って、粘膜を接触しようとする欲望を持ち、実際に20万人の女子に対してその欲望を満たした。」
       この様な宣伝も、史実として振れ回る人も、存在していませんでした。

       後から思い起こすと、それを試みる様な、
      「もしかすると、こう言う事が有ったかも知れないだよ。」
       こう言う感じで、お話を始める人がいた様な気がしますが、周囲の人は、お腹を抱えて、椅子から転げ落ちて、笑い転げる様な現象を発生し、全然、ジャンルの違うお話として受け止められ、全くモノに成る様な気配は無かったのです。

       即ち、それほどに、当時の常識的に所有されていた知識に対して、物理的に成立しえない無理が、重い大きな障壁として立ちはだかっていた次第でした。

    • 29名無し2019/08/17(Sat) 21:44:45ID:c4MTI2MTc(6/17)NG報告

      >>26
       南京事件に関しても、1970年頃の日本の庶民社会の中で常識的に所有されていた知識に対して、大きく矛盾する事実が御座いました。

       そもそも1937年当時の南京に存在した南京城壁とは、1927年の南京事件で米国の砲艦の艦砲射撃で、完全に瓦礫の山に成った焼野原の跡地の状態から、河の反対方向に城壁を500mほど移動して、旧日本軍が再建したものでした。

       再建して、中で何をしていたのかと言うと稲作農業技術者の養成、そして農薬や肥料などの農業関連資材や揚水ポンプや発電機などの社会資本整備の為の工場を造って防衛していたのです。

       防衛と言っても、白人列強国の手前、軍隊が直接支援する訳には行きませんので、万が一の事態に備えての城壁の建設と、更にその中に緊急時の安全区にする為のドブメッキ漬け鉄柱フェンスのバリケードを予め建設していたのです。
       緊急時に、旧日本軍が駆けつけるまで、自力で生き延びる為の設備だったのです。

       南京城の北側の揚子江の方向に、「3重の守りを持つ通済門」と言う、意味の解らない構造の門が有るのですが、実はその一番内側の門が、旧日本軍の建設したもので、その外側2つの門は、後で中国共産党が全部自分達が造った事にする為に増築したものです。

       いずれにしましても、現存している南京城の城壁には、異形鉄筋が使われています。
       そして材質は、中庸熱ポルトランド・セメントが使われています。
       1937年当時に於いて、その技術を持っていたのは、世界の中で旧日本軍だけなのです。

       ですが、白人の軍事力を利用して、日本を軍事的に負かした中国軍は、1965年の文化大革命まで、稲作技術者を殲滅していました。
       稲を作っている写真が、1枚も実在しない所以です。
       同様の事は1805年の台湾にも発生していて、2万年前から台湾に居住していた大和民族の20万人以上の人々は、男は一世代、女は二世代で、殲滅されています。

       ここで、何を言わんとしているのか、と言いますと、
      「そもそも、それを保護していた旧日本軍が1945年に敗戦した後で、実際にその南京城の城内の人間を嬲り殺しにした中国軍側に、殺された側の被害者面される様な、謂れが無いだろ?」
       この様な常識が、1970年当時は、一般的に日本国内に有ったんです。

       御深慮頂ければ幸いです。

    • 30名無し2019/08/17(Sat) 21:51:55ID:c4MTI2MTc(7/17)NG報告

      >>26
       これで、あなた様に対しての4個目の投稿に成りますが、これでやっと纏めの形に成ります。

       私が、あなた様がご指摘の事案に関しまして、「史実」と言う言葉を使った理由は、
      ① 相手側は、科学的な史実に反する事でも、平気で史実として主張する。
      ② 日本側は、遺伝子分析学的な整合性に基づく、充分な状況証拠が有る。
      ③ 相手側から、表現の自由の範囲として、史実と言う言葉を使っている。
       この様な状況を俯瞰し、日本側も同じ様なコンテンツ(内容)とデテールス(詳細)で、便宜上の事として打って出る在り方が有った方が良いと判断したからなのです。

       誰も、何も言わないままでは、相手の主張を認めた事に成る。
       さりとて、反証をベロベロと出した場合には、世界的に本能的な嫌悪の感情を醸成し、国際的政治バランスや軍事バランスを不利に形成する。
       寧ろ、私のこれぐらいの、グレーゾーンのスタイルの方が、両論がそれなりに成立すると言うので、アメリカの掲示板でも、削除される事も無く、IDを失うこともも無く、それなりに支援を頂いて投稿を継続し、デベートで自国の主張をそれなりに掲示させて頂く事も出来た実情が有る。

       あなた様に申し上げた通り、現物の資料を私は拝見した事が御座います。
       ですが、余りにも生々しく、それを使って論証する事は、一般庶民レベルでは好ましく思われないと感じた次第です。
       千年以上も経った時代に、誰も傷つかない前提で、お役に立てる時代がきっと来ると思いますので、その時代にこそ使って貰えば宜しいでしょう。

       そもそも、現状に於いては、相手側も、
      「基本的人権に基づいて、一個の人間の誇りに掛けて、自分が史実と認識するに充分な説明と伝聞を聞かせて頂いているので、私たちは、これを史実と認定する。」
       この様な論理構造で、公的な団体や政府がアナウンスを世界に触れ回っているのです。
       で有れば、国際条約に基づく人権平等の観点から、日本の国民の立場からも、その権利を成立せしめることこそが、そこで痛ましく命を失った先達の夭折を哀悼する、と言うもので御座いましょう。

       日本の国民の立場からは、それが神から人として求められている在り方の様に見えるのです。
       また、それが先祖の為でも有り、子孫の為でも御座いましょう。
       識者各氏の検証を得られれば幸いです。

    • 31名無し2019/08/18(Sun) 16:16:01ID:czOTI5MDg(1/4)NG報告

      >>1
      シンガポールとマレー虐殺の経緯1

      日本軍がマレー半島に上陸したとき、現地のマレー人は日本軍を歓迎しました。進撃する日本軍に食料や果物を持ってきたり、抜け道や英軍の陣地やその状況を教えに来ました。日本軍の進撃があれほど早かったのは、実は、現地のマレーの人々が応援していたからです。

      例えば、マレーシアの今のマハティール首相は90歳代ですが、多分当時は学生で学生運動なんかをしていて、日本軍の進撃を心を躍らせて見ていた最後の世代だと思います。肌で当時の本当のことを知っていると思います。

      例えば、マハティール首相の地盤のアロースター近辺では、退却する英軍がスルタンと王子を連行しました。その時に日本軍のある将校が単身で乗り込み、王と王子を救出しました。救出された王子は、ペナンのラジオ放送局から、マラヤ全土に対英決起、独立を訴えます。その王子が戦後の独立したマラヤ連邦の初代大統領のアドブル・ラーマンです。

      また、アロースターでは、日本軍は捕虜のインド兵に武器を持たせ治安を任せ友軍のように扱います。そういうのをマハティールは身近な地元に実際に知っているので、日本に対する感情は、戦後に歴史教育を受けたマレー人とは違っているのです。

      ところで、なぜマレーに、インド兵がいたかというと。大英帝国は賢いですから、マレー半島を支配するにあたり、インド人や中国人(最初はクーリーや奴隷として)を連れてきて、原住民のマレー人を支配させ間接統治していたわけです。

      インド兵の方は、後にインド国民軍の中核となり、指導者のチャンドラポースはシンガポールで演説します。「私が今あなたたちに、あげれるものは、飢餓、困難、死です。我々のうち何人が、生きて祖国の独立を目にすることができるかどうかは、問題ではありません。インドの独立、それだけが問題です・・・」と。

      余談ですが、のちにインド国民軍はインパール作戦でインドを目指し進軍し、惨憺たる敗北をします。しかし、戦後、そのインド国民軍の生き残りを裁判に賭けようとした英軍に対して、インド全土で反乱が起き、インドは独立しました。ガンジーの無抵抗主義だけで独立できたわけではありません。

    • 32名無し2019/08/18(Sun) 16:21:35ID:czOTI5MDg(2/4)NG報告

      シンガポールとマレー虐殺の経緯2

      一方、華僑の方は、国民政府系が多かったと思いますが、もっといろいろと複雑でした。その中で、英軍は華僑のマラヤ共産党に武器を渡し、日本軍と戦わせました。日本が全マラヤを掌握した後も、英軍の将校の中には勇敢なのがいて、潜水艦で上陸し、ジャングルの奥地でマラヤ共産党の顧問になり戦い方を教えたり、武器を補給したりしていました。

      日本軍にとって、マラヤ共産党との戦いは難しかったのです。なぜなら、住民と敵兵との区別がつきにくかったからです。ただ、最初に言ったとおり、マラヤ共産党の最高指導者のライトクが、実は日本軍の二重スパイであったので、ある意味、共産党側かどうか、効率的に敵味方を判断することができました。ちなみに、繰り返しますが、日本軍と戦ったマラヤ共産党はほぼ全員華僑で、マレー人はいません。

      戦後に再び進駐してきた英軍は、今度は、彼ら自身がマラヤ共産軍と戦うはめになりました。自分たちが武器を補給したマラヤ共産党との戦いです。皮肉なものです。結局、英軍は自分たちが、戦犯として裁いた日本軍より、強引な戦いもしました。しかし、それでも戦いは続きました。決着したのは、新生のマレー人たちも協力した新村運動によってです。華僑の村々をすべて移住させて、新しい村の周囲を鉄条網で完全に囲うことによって、やっと華僑住民と共産党を分離し、共産党側の力をそぐことに成功したのです。

      シンガポールでの共産党の粛清の時に、最終段階では華僑の人たちが首実験をして判断した、と述べましたが、そのように、すべての華僑が反日だったわけではありません。華僑側も複雑です。例えば、実は、シンガポール建国の父のリ、クアンユー首相などは、日本軍と独立の夢を共有した人です。日本軍と共に働いていた方です。政治的配慮か、自伝では日本のことを悪く書いていたりしますし、今では資料からそういう痕跡は消しています。しかし、旧日本軍の将校たちとは信頼しあっていて、戦後も仲が良く、例えば、藤原元少佐などがシンガポールに行って首相を訪ねると、いつもフリーパスで会えて旧交を温めていました。結構、複雑なのです。

    • 33名無し2019/08/18(Sun) 16:25:04ID:czOTI5MDg(3/4)NG報告

      戦後は、人がポールでもマレーシアでも反日宣伝がありましたし、シンガポール・マレーシア関係でも、日本人の左翼活動家の活動も激しいものがありました。

      また一般の戦後の日本人も左翼教育でおかしな思想を植えつけられています。たから、旧日本軍に対しては、故国を戦場にされたマハティール首相の方が、異民族の他国の軍隊のなのに、今の一般の日本人よりも温かい目を持っているように見えるほどです。しかし、真実の歴史もほんの少しずつですが、知られてきていると思います。

    • 34名無し2019/08/18(Sun) 16:30:01ID:czOTI5MDg(4/4)NG報告

      シンガポールの華僑虐殺ですが、これは、日本に対してゲリラ戦闘をしていたマラヤ共産党の工作員を捕まえて処刑したものです。便衣かとうかの確認方法は、現地の華僑たちに顔実験させて確認していますし、先にも述べたとおり、そもそも当時のマラヤ共産党のトップのライトクが日本軍の二重スパイであり、ゲリラかどうか構成員かどうかは、首実験をするまでもなく、実は、日本軍は明確に知ることができました。ただ、世界の軍隊の中でも鷹揚であり住民に手を出すことが少ない旧日本軍にとっては、珍しいことの一つでした。推測ですが、私の嫌いなある有名参謀(今の左翼活動家みたいな性格)のシンガポール滞在が原因かもしれません。

      マラヤ共産党との戦いや、なぜ全員が華僑なのかとか、今の日本人にはわかりにくくなっているので、先に当時の様子を大雑把に簡単に書きました。めんどくさいので、何か見たりとかはしていせん。思いつくままに書きましたが、当時の雰囲気が少しでも共有できたとしたらありがたいです。

    • 35名無し2019/08/18(Sun) 21:27:14ID:gwODY2MDQ(1/1)NG報告

      日本の事はもういいよ

      それより、現在進行形の、韓国の蛮行を問題にしようや

    • 36名無し2019/08/18(Sun) 22:29:10ID:k1NzcwNDQ(1/1)NG報告

      シンガポールの華僑に対する虐殺は、辻正信が指揮して華僑を虐殺した事件としか思ってなかったけど、
      アヘン麻薬貿易組織(しかもこれらの組織をイギリスは積極的に支援した)を中核とした抗日分子の粛清を
      目的にしていて、ただの市民虐殺ではなかったのだな。
      しかも、シンガポール総日本領事館の篠崎護は、警備司令部特外高という立場を利用して、日本軍と戦前から関係あることを示す保護証を作成・発行して、多数の華人を摘発から免れさせたとか、
      初めて知ることだらけだ。非常に面白い。
      https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E8%8F%AF%E5%83%91%E7%B2%9B%E6%B8%85%E4%BA%8B%E4%BB%B6

    • 37朝鮮人は全部NGにしてるから ◆oYl7qK9vEA2019/08/18(Sun) 22:37:12ID:YwNjY3MA=(1/1)NG報告

      >>2
      だから何?
      ほんっとーーーーーにキチガイなんだなゴキブリって

    • 382019/08/19(Mon) 20:23:18ID:M3NTM4MjA(1/14)NG報告

      この発言の資料プラス

      > 満州地域で、軍人10万人、民間人10万人。
      > 満州以外の中国国内で、軍人10万人、民間人10万人。
      > 東南アジア地域で、軍人10万人、民間人10万人。
      > 不思議なほど同じ被害規模なのですが、住民票や日誌などと一緒に保存されている資料から間違いの無い史実の様です。

      >>27
      > 現実に、当時の日本の国は帝国主義の国で、一般市民の戦争に依る犠牲としての死亡が、総合計で約4百万人で有ることは、住民票に基づいて確認されています。

      一般市民の犠牲者が400万人の資料もお願いしますね
      政府見解では、軍人、民間人合わせて300万人という見解ですよね

    • 392019/08/19(Mon) 20:30:44ID:M3NTM4MjA(2/14)NG報告

      >>31
      >例えば、マハティール首相の地盤のアロースター近辺では、退却する英軍がスルタンと王子を連行しました。その時に日本軍のある将校が単身で乗り込み、王と王子を救出しました。救出された王子は、ペナンのラジオ放送局から、マラヤ全土に対英決起、独立を訴えます。その王子が戦後の独立したマラヤ連邦の初代大統領のアドブル・ラーマンです。


      マレーは独立させるつもりはなく、日本の領土とするつもりでした。
      つまり、マレーの人は騙されたのですね
      『(イ)「マライ」、「スマトラ」、「ジャワ」、「ボルネオ」、「セレベス」ハ帝国領土ト決定シ』とありますね

      『大東亜政略指導大綱』
      第一 方針
      一 帝国ハ大東亜戦争完遂ノ為帝国ヲ中核トスル大東亜ノ諸国家諸民族結集ノ政略態勢ヲ更ニ整備強化シ以テ戦争指導ノ主導性ヲ堅持シ世界情勢ノ変轉ニ対処ス 政略態勢ノ整備強化ハ遅クモ本年十一月頃迄ニ達成スルヲ目途トス  
      二 政略態勢ノ整備ハ帝国ニ対スル諸国家諸民族ノ戦争協力強化ヲ主眼トシ特ニ支那問題ノ解決ス  
      第二 要領  

      五 対比方策
      成ルヘク速ニ独立セシム  
      独立ノ時期ハ概ネ本年十月頃ト予定シ極力諸準備ヲ促進ス  
      六 其他ノ占領地域ニ対スル方策ヲ左ノ通定ム  
      但シ(ロ)(ニ)以外ハ当分発表セス  
      (イ)「マライ」、「スマトラ」、「ジャワ」、「ボルネオ」、「セレベス」ハ帝国領土ト決定シ重要資源ノ供給源トシテ極力之ガ開発竝ニ民心ノ把握ニ努ム  
      (ロ)前号各地域ニ於テハ原住民ノ民度ニ應シ努メテ政治ニ参與セシム  
      (ハ)ニューギニア等(イ)以外ノ地域ノ處理ニ関シテハ前二号ニ準シ追テ定ム  
      (ニ)前記各地ニ於テハ当分軍政ヲ継續ス  
      七 大東亜会議  
      以上各方策ノ具現ニ伴ヒ本年十月下旬頃(比島独立後)大東亜各国ノ指導者ヲ東京ニ参集セシメ牢固タル戦争完遂ノ決意ト大東亜共栄圏ノ確立トヲ中外ニ宣明ス

    • 402019/08/19(Mon) 20:35:59ID:M3NTM4MjA(3/14)NG報告

      >>32
      >シンガポールでの共産党の粛清の時に、最終段階では華僑の人たちが首実験をして判断した、と述べましたが、

      首実験などしておりません

      >>34
      >現地の華僑たちに顔実験させて確認していますし、

      顔実験?もしておりません

      >>36
      >目的にしていて、ただの市民虐殺ではなかったのだな。

      目的は、そうでも実際は虐殺でした

      wiki シンガポール華僑粛清事件
      警備本部で嘱託として勤務した篠崎護や現地の陸軍将校も、辻が企画・指導したと証言している[22][23][24]。「抗日分子」の選別は、事前に取り決めた名簿に照合する方法で厳密に行われていたわけではなく、辻参謀が現場を訪れて「シンガポールの人口を半分にするつもりでやれ」と指示を飛ばすなど、粛清する人数そのものが目的化されていたため、外見や人相からそれらしい人物を適当に選び出し、多数の無関係のシンガポール華僑が殺害された[25]。辻の起案した命令に対して、河村参郎昭南警備隊司令官などの指揮官たちは、短期間に大量の市民から敵性華人を選り分けるのは不可能であると上層部に抗弁し[26]、河村はその後も虐殺中止するように進言した[27]。

    • 412019/08/19(Mon) 20:41:05ID:M3NTM4MjA(4/14)NG報告

      >>36
      >アヘン麻薬貿易組織

      シンガポールを占領する前に満州でアヘン売って軍資金をかせいでいましたよね
      日本軍は!

      いわゆる、相手がすることは不倫で、自分のすることはロマンスですか?

      wiki 里見甫
      1937年11月、上海に移り、参謀本部第8課(謀略課)課長影佐禎昭に、中国の地下組織や関東軍との太い人脈と、抜群の中国語力を見込まれ、陸軍特務部の楠本実隆大佐を通じて特務資金調達のための阿片売買を依頼される。1938年3月、阿片売買のために三井物産および興亜院主導で設置された宏済善堂[3]の副董事長(事実上の社長)に就任する。ここで、三井物産・三菱商事・大倉商事が共同出資して設立された商社であり実態は陸軍の特務機関であった昭和通商や、中国の地下組織青幇や紅幇などとも連携し、1939年、上海でのアヘン密売を取り仕切る里見機関を設立[4]。ペルシャ産や蒙古産の阿片の売買によって得た莫大な利益を関東軍の戦費に充て、一部は日本の傀儡であった汪兆銘政権に回した。また、里見機関は、関東軍が極秘に生産していた満州産阿片や、日本軍が生産していた海南島産阿片も取り扱っている。この活動を通じて、青幇の杜月笙・盛文頤や、笹川良一、児玉誉士夫、吉田裕彦、岩田幸雄、許斐氏利、阪田誠盛、清水行之助らとの地下人脈が形成された[5]。

    • 42名無し2019/08/20(Tue) 20:38:57ID:cyMTg4MjA(8/17)NG報告

      >>39
       マレーの人々を決して独立させないと言う目的で、武装して逆らう有色人種の兵士を撃ち殺し、協力者の民間人を粛清していたのは、あなた様方の方、即ち武装して戦争している華僑ゲリラの方で御座いますよ。
       どうも、その点に於いて、あなた様の思想世界の中に於いては、レトリックの様な組換えが行われている様に見受けられます。

       同じ因果構造は、武装して戦死した場合でも、それが敗戦国の日本相手の戦争の場合には、
      「戦争として殺し合っていて、戦死した。」
       と言う表現にはしないで、
      「善良な非武装の捕虜として捕らえられ、トラックで浜辺に集められて、銃殺された。」
       この様なストーリーに成り、同様に、
      「弾が尽きて、お腹も減って、戦えなく成って、捕らえられ、トラックで浜辺に集められて、数千人が中国の広東省まで送り返された。」
      と言う表現にはしないで、やはり、
      「善良な非武装の捕虜として捕らられ、トラックで浜辺に集められて、銃殺された。」
       この様な作為のストーリーに成るのです。

       実際のところ、当時の華僑で、どこかの国を白人の植民地支配から独立させる為に行動した、と言う実績が有りますか?
       実績は実績でも、例えばマレーに於いては、戦後のイギリスが国際批判を受けて、1948年からマレーを独立させる路線に転換した時でも、華僑に依る軍事的な支配体制を防衛する為に戦い続けましたでしょ?
       イギリスは、非常事態宣言を出して、治安の回復の為に行動しています。
       言わば、イギリスは劇的に変革した世界の趨勢に合わせて、旧日本軍の行動を引き継いだ形です。

       当時の辻正信最高司令官が、A旧戦犯として死刑に処せられる事無く、最終的には英米のエージェントとして採用された背景には、誤解が解けて実績が評価されたので、それを活かされる様に成った形で御座いましょう。

       逆に、1960年に成って現地の人々で構成されたマレーシア政府が、イギリスから引き継いでいた非常事態宣言を解除するまで、武装した華僑が1万人ほど戦死していますよねぇ。

       その武装した華僑が、どうして世界の独立主権国家体制の趨勢を生んだ、と言う生みの親の様なポジショニングに成るんですか?
       これでは、都合よく立場とストーリーを摩り替えたレトリックの形です。

    • 43名無し2019/08/20(Tue) 20:48:26ID:cyMTg4MjA(9/17)NG報告

      >>39
       あなた様は、
      (イ)「マライ」、「スマトラ」、「ジャワ」、「ボルネオ」、「セレベス」ハ帝国領土ト決定シ重要資源ノ供給源トシテ極力之ガ開発竝ニ民心ノ把握ニ努ム。
       この一文を以て、「領土を盗み取った」。
       この様に脳内で完結しているのですよねぇ。

       ですが、物事には須らく、段取りと手順と等価交換の図式が御座います。
       古代からの様に、独立主権国家に戻って貰いたい、と言っても、白人の軍隊とその下請け軍事支配組織の華僑をお引き取り願っても、お相手様は、
      「はい、そうですか、ポン!」
      と、この様には、一朝一夕に変化する訳には行きませんでしょ?

       インドネシアは、独立国家体制の維持に必要な社会資本の港や道路や建物の改築や整備を行って頂き、必要な技術や知識を頂き、必要な軍隊組織の構築と武器の供与と訓練を行って頂く。
       その為の対価として、石油の掘削と供給に民主的な理解と協力を提供する。
       即ち、植民地支配や盗みを生業としない国家的な勢力同士の間の関わり方としては、現代にも通じる、普通一般のことで御座いましょ?

       そもそも、マライやインドネシアに居住して、その地を軍事支配する様に成っていた当時の白人勢力とその下請け軍事組織は、極論的に言えば、自立する様な希望や意欲を持つ人間を嬲り殺しにしていたのですよ。
       故に、第一番目の取っ掛かりは、その恐怖支配でマインドコントロールされた意識から、自立した独立国家の意識を回復する事に有ったのです。
       即ち、「今日から、あなた様も、たった今、白人とその下請け軍事組織を打ち負かした、大日本帝国の国民です。」としてから、
      (ロ)前号各地域ニ於テハ原住民ノ民度ニ應シ努メテ政治ニ参與セシム(中略)
      本年十月下旬頃(比島独立後)大東亜各国ノ指導者ヲ東京ニ参集セシメ(後略)
       この様にしていれば、いやでも、
      「自分達の国も、フィリピンの様に独立させて頂きたい。」
       この様な意欲を回復するでしょ?

       その様な土台から、マレーも武装した華僑勢力の1万人を討って独立したのですよ。

    • 44coolieinblue2019/08/20(Tue) 20:53:20ID:k0MDA5MDA(1/2)NG報告

      베트남 boat people 이 누구들이 였지?

      박정희의 최고 업적 중 하나 화교 척살 화교 박멸...

      1960년에 엄청난 통찰력을 발휘했다.

    • 45coolieinblue2019/08/20(Tue) 21:17:11ID:k0MDA5MDA(2/2)NG報告

      YouTubehttps://www.youtube.com/watch?v=KcGF-xPieJc

      박정희 대통령 작사 작곡 '나의 조국'

    • 46名無し2019/08/20(Tue) 21:21:03ID:cyMTg4MjA(10/17)NG報告

      >>39
       そもそも、蛇足かも知れませんが、あなた様に於いては、旧日本軍の敗戦とか、サンフランシスコ講和条約とかに関して、それに依って、華僑が永久に精神的な支配を行う既得権が固まった、と言う様な錯覚が有る様に感じられます。

       どんな言い掛かりでも付けてしまえば、それが永久に普遍的な史実とされて、相手側に於いてはその言葉に基づいてひれ伏す義務が存在する。
       端的に言えば、反日種族主義的な見地から、両論併記は許されない、と言う感じですねぇ。
       言って見れば、1940年代から1960年代に掛けてのマライ共産党的な認識錯誤が有る様に見受けられます。

       ですが、世界一般の認識は違いますよねぇ。
       私も、アメリカの掲示板で白人系のアメリカ人から教えられた立場ですが、サンフランシスコ講和条約に於ける東京裁判の位置づけとは、端的に言えば、「判決を不服とせずに自ら死刑を実行する。」
       この命題に尽きるのです。
       即ち、それで、完全に完結しているのです。

       その後に、10年も20年も70年も引き摺る様な、いわゆる被植民地国扱いの拘束は、全く存在しないのです。
       言わば、死刑囚に対する死刑が終わった段階で、法的作用は何も残っていないのです。
       それ以上の拘束が有ると思う事は、アメリカに対する侮辱だ、と言う人もいました。

       そもそも東京裁判とは、アメリカの最高裁判所に管轄権が有る法的行為では無く、アメリカの大統領に管轄権が有る軍事行為なのです。
       その点は、東京裁判に於けるアメリカの5人の弁護士が、死刑判決を受けた被告の救済の為に、アメリカ合衆国最高裁判所に人身保護令状の請求を提出した時に、1949年6月27日にウイリアム・O・ダグラス最高裁判事が表明した答弁書が、その点を明らかにしています。

       要約すると、
      「外交と軍事は大統領の専管事項で有って、大統領の決定が最終と成るので、連邦最高裁判所は何ら判断できない。」
       こう言う事なのです。

       そして、現在はその軍事行為は完全に完結した後なので、そこに不労所得を求める様な作為は、御割愛頂きたいと思う次第なのです。
       御深慮頂ければ幸甚です。

    • 47名無し2019/08/20(Tue) 22:14:59ID:cyMTg4MjA(11/17)NG報告

      >>41
       ケシの実から作るアヘンは、生成してモルヒネやヘロインに成り、大麻は麻の葉などから出来る麻薬ですね。
       因みに、覚せい剤とは、山椒の実を黒くした様な、麻黄の実などから科学的に合成して出来る白い結晶の薬物の様です。

       そして旧日本軍側は、端的に言えば、取り締まる立場で毎日あくせく働いていたお立場で、麻薬や覚せい剤で有ればゲリラでも簡単に大量生産して大儲け出来るので、ゲリラ側の活動資金の稼ぎ頭で有ったのです。

       普通一般的に、考えると言う作用を発生した場合に、白人諸国よりも工業技術も医薬品技術も進んでいる社会は、普通にその得意分野で汗を流して稼ぎます。
       そして、麻薬や覚せい剤は、経済効率を低下させるので、邪魔な存在です。
       役に立つ場合は、手術の時の麻酔剤と言う様に限られていているんです。

       ただ戦前は、実は「大麻の葉」には大きな使い道が御座いました。
       その使い道に依って、イランから日本に向けて300万トンもの大麻が出荷されていた、と言う記録が有ります。

       どうして、その様な公式の記録が有るのかと言いますと、日本とイラン即ち古代のペルシャの間に於いては、古代から交易が御座いました。
       ですが、戦前の白人が作った法律では、有色人種の国と有色人種の国が直接、石油を売り買いしてはダメ、と言う法律が有ったのです。
       そしてペルシャ湾の出口にはイギリス軍が検閲を行っていました。

       どうやってその検閲を通過するのかと言うと、船の荷全体を大麻の葉で厚く多い隠すのです。
       その様にすると大麻の葉の強烈な匂いが、油の匂いを消してくれるそうです。
       その様にして、石油を運搬していたのです。

       ですから出荷記録の方では大麻300万トンに成っているのですが、日本側の荷受け記録には、伝票の現物もその写真も殆ど実在していません。
       唯一、写真記録として残っている伝票は、1カートンだけなのですよねぇ。
       但し、なぜか南京市長から旧日本軍宛てに届いた感謝状と一緒です。
       更に、掘り下げて説明します。

    • 48名無し2019/08/20(Tue) 22:22:33ID:cyMTg4MjA(12/17)NG報告

      >>41
       その様なものが残っていた理由は、肺の末期ガンで苦しんでいた現地のお年寄りが、
      「旧日本軍が来る前は、こう言う時には大麻で苦しみを和らげることが出来たのに、残念だ。」
       この様に言うので、若い軍人さんが1カートンだけ、焼却処分する予定の大麻の山から良いところを選んで、巻いて作って届けてくれた、と言うのですね。

       それが発覚して、その若い軍人さんが当時の大日本帝国の軍法に基づいて銃殺刑に成る予定だったのだけれども、南京市長の感謝状と1万人を超える市民の助命嘆願書が届いて、遠方の僻地に飛ばされただけで済んだ。
       その様な経緯で生まれた記録だったのです。

       すると、
      「日本人社会が人の世に役に立つ商品を作る技術も知識も無かったので、麻薬覚せい剤に手を出して荒稼ぎしていた。」
       この様な風説の流布の発生理由は、何でしょうか。

       これも実は、人身売買や虐殺や侵略植民地支配と同じで、マラヤ共産党などが行っていた濡れ衣を、相手側に着せる形の、摩り替え宣伝を行っているのですね。

       そもそも覚せい剤の原料に成る「麻黄」の実は、1996年に覚せい剤取り締まり法で「原料」として取り締まり対象に成るまで、日本国内では中華料理店で一般的に流通していたほど、中国人社会の生活習俗のレベルで浸透していたのですよねぇ。
       知っている人は山で簡単に採れるので、良い稼ぎに成るんですね。

       それは二粒ほど噛んだだけで、10分もすると、人気の無い暗がりを歩いていて、一人歩きの人を見掛けただけで、
      「試しに殺人をやって見ようか。俺なら巧くやり遂げられる。」
       この様に思って、誰かに呼び止められないと、実際に行動しそうに成るらしいです。

       文章を書く時にも、アグレッシブに書き込める所以です。
       ですが、私は1990年代のパソコン通信の時代から、皆様に当時の売買伝票かその類の文書の提示を求めているのですが、前述の1カートン以外には有りません。

       これに、相違御座いませんね。

    • 49名無し2019/08/20(Tue) 22:36:35ID:UzNjI3MjA(1/1)NG報告

      まだ生きてたのか白馬鹿
      暑い中のデモ参加大変だったろ
      あまり無理するなよ?

      俺はそろそろお迎え確定だわ

    • 50【期間限定】火病を起こす3秒前2019/08/20(Tue) 22:47:25ID:A4NTM3MjA(1/1)NG報告

      日本の戦争の大義は、アジアの解放。

      白人から金を貰って代理統治していたのが華僑。その部分がすっかり削除されている。

      全体像を見ず、切り取った部分だけで語るのは、詐欺師の手口。

      華僑は、子供の腕を切り落とし物乞いさせる、金の為ならなんでもするやつらだろ、当時なぬの常識。

    • 51名無し2019/08/20(Tue) 23:39:22ID:QxNjI5MjA(1/1)NG報告

      >>35
      フィリピン人の証言
      ■ 当時の日本軍には朝鮮半島出身の兵士も沢山いた。
        そしてフィリピン人女性への暴行を働いてたのも、
        大部分は彼らだったようだよ。
        
        ■ 前にネット上で多くの人がその事についてコメントしてた。
          フィリピン人に暴行してたのは朝鮮半島の兵士だったって。

        ■ その話は本当。私のお父さんもそう言ってた。
          戦時中に悪事を働いてたのは日本兵じゃなかったらしい。

    • 52名無し2019/08/21(Wed) 02:10:00ID:g5NTUxMTc(1/1)NG報告

      今も昔も韓国のこともシンガポールの事も共産党がいつでもちらつくよね。日本は一体何と戦っているのか。とても怖い

    • 532019/08/21(Wed) 21:19:11ID:EzMjUzODA(5/14)NG報告

      >>42
      >「善良な非武装の捕虜として捕らられ、トラックで浜辺に集められて、銃殺された。」
      > この様な作為のストーリーに成るのです。

      証言しているのは日本軍人なのに、どうして”作為”というのかな?
      あなたが、都合の悪いことは”作為”だと決めつけているだけですよね
      それに、華僑ゲリラというが、イギリス軍が2月15日に降伏し、降伏交渉している最中にゲリラ活動をするか?
      勝手に、作為のストーリーを捏造するなよ

      wikiシンガポール華僑粛清事件
      事件当時第2野戦憲兵隊の分隊長だった大西覚は、戦後の回顧録の中で、河村参郎・大石はむしろ粛清に反対したが、命令の当事者の辻政信が戦犯逃れの逃亡中だったために、責任をとらされて処刑されたとしている[46]。裁判において河村・大石らの指揮官たちは、短期間に大量の市民から敵性華人を選り分けるのは不可能であると、辻たち上層部に抗弁したが認められなかったと証言している[47]。裁判中、辻は逃亡し行方をくらませており、河村・大石の両名が処刑された後に世間に現れ、結果的に戦犯にはならなかった[48]。

    • 542019/08/21(Wed) 21:28:23ID:EzMjUzODA(6/14)NG報告

      >>43
      > 即ち、「今日から、あなた様も、たった今、白人とその下請け軍事組織を打ち負かした、大日本帝国の国民です。」としてから、
      >(ロ)前号各地域ニ於テハ原住民ノ民度ニ應シ努メテ政治ニ参與セシム(中略)
      >本年十月下旬頃(比島独立後)大東亜各国ノ指導者ヲ東京ニ参集セシメ(後略)
      > この様にしていれば、いやでも、
      >「自分達の国も、フィリピンの様に独立させて頂きたい。」
      > この様な意欲を回復するでしょ?

      君は、妄想癖でもあるのか?
      都合の良いストーリーを思い浮かべれば、それが君にとって事実になってしまうのか?
      破綻しているね

      インドネシアやマレーを『帝国領土ト決定シ』たことは『当分発表セス』なのだね
      つまり、現地人は、あなたの言う『大日本帝国の国民』にされると思っていなかった
      だから、騙したと言っているのだね

      六 其他ノ占領地域ニ対スル方策ヲ左ノ通定ム  
      但シ(ロ)(ニ)以外ハ当分発表セス  
      (イ)「マライ」、「スマトラ」、「ジャワ」、「ボルネオ」、「セレベス」ハ帝国領土ト決定シ重要資源ノ供給源トシテ極力之ガ開発竝ニ民心ノ把握ニ努ム 

    • 552019/08/21(Wed) 21:38:13ID:EzMjUzODA(7/14)NG報告

      >>46
      > そもそも東京裁判とは、アメリカの最高裁判所に管轄権が有る法的行為では無く、アメリカの大統領に管轄権が有る軍事行為なのです。
      > その点は、東京裁判に於けるアメリカの5人の弁護士が、死刑判決を受けた被告の救済の為に、アメリカ合衆国最高裁判所に人身保護令状の請求を提出した時に、1949年6月27日にウイリアム・O・ダグラス最高裁判事が表明した答弁書が、その点を明らかにしています。

      東京裁判の裁判長からして、オーストラリア人なのに、『アメリカの最高裁判所』や『アメリカの大統領』に管轄権があるわけがない
      広田判例で確認できる

      wiki 広田判例
      1948年11月、極東国際軍事裁判(東京裁判)でA級戦犯として有罪となり、死刑を宣告された広田弘毅元内閣総理大臣や土肥原賢二元陸軍大将らは、連名で、ダグラス・マッカーサー連合国軍総司令官を相手取り、そもそもアメリカ合衆国軍人による拘束は不法不当なものであるとして、「人身保護令状」を合衆国連邦最高裁に請求した。
      しかし、合衆国最高裁は、同年12月20日に請求を棄却した。その理由として、極東国際軍事裁判所が「連合国軍」の機関として設置されたものであるから、原告らが合衆国憲法の保護の及ぶアメリカの拘束下にあるとみなされないので、アメリカの司法権も及ばないという結論であった。


      >「外交と軍事は大統領の専管事項で有って、大統領の決定が最終と成るので、連邦最高裁判所は何ら判断できない。」

      広田判例を曲解したものを、さらに君が捻じ曲げたのだろう
      正しい解釈は、広田判例だよ

    • 562019/08/21(Wed) 21:53:11ID:EzMjUzODA(8/14)NG報告

      >>47
      満州国が里見機関によるアヘン売買で軍事費を稼いだという話と、大麻が関係あるのか?

      >ただ戦前は、実は「大麻の葉」には大きな使い道が御座いました。
      > その使い道に依って、イランから日本に向けて300万トンもの大麻が出荷されていた、と言う記録が有ります。

      なんで日本でも自生する大麻を、わざわざイランから輸入しなければならない?
      『300万トンもの大麻』って何だ?
      日本のコメの生産量が一年あたり800万トンだよ
      『300万トンもの大麻』を輸入して一体何に使うのか?

      なぜ、君は息をするように嘘を付くの???

      ついでだ>>25
      > 次に、意外に忘れてしまった人が多いと思いますが、外国の領土内で捕虜に成って虐殺された国民の人数の最も多い国は、実は日本なのですねぇ。
      > 満州地域で、軍人10万人、民間人10万人。
      > 満州以外の中国国内で、軍人10万人、民間人10万人。
      > 東南アジア地域で、軍人10万人、民間人10万人。
      >>27
      > 現実に、当時の日本の国は帝国主義の国で、一般市民の戦争に依る犠牲としての死亡が、総合計で約4百万人で有ることは、住民票に基づいて確認されています。

      これの説明をしろ!!!
      東南アジアに10万人も民間人がいるわけないだろ
      捕虜となった軍人民間人を60万人も虐殺して、事件にならないわけないだろ
      WW2での日本人の死者は軍人も含めて300万人、400万人の一般市民の戦争に依る犠牲ってなんだ!!! 嘘ばかり並べるな

    • 572019/08/21(Wed) 22:42:48ID:EzMjUzODA(9/14)NG報告

      >>42
      > 当時の辻正信最高司令官が、A旧戦犯として死刑に処せられる事無く、最終的には英米のエージェントとして採用された背景には、誤解が解けて実績が評価されたので、それを活かされる様に成った形で御座いましょう。

      辻が死刑にならなかったのは、逃げていたから
      辻のCIAの評価
      「政治においても情報工作においても性格と経験のなさから無価値である」「機会があるならばためらいもせずに第三次世界大戦を起こすような男」

      wiki 辻政信
      アメリカ国立公文書館で2005年から2006年に解禁されたCIAの機密文書によると、CIAを始めとするアメリカの情報機関は戦後、辻らに接近したという[63]。しかし、辻を「政治においても情報工作においても性格と経験のなさから無価値である」「機会があるならばためらいもせずに第三次世界大戦を起こすような男」(1954年の文書)と酷評している。

    • 58名無し2019/08/22(Thu) 20:42:39ID:M0ODk2MjI(13/17)NG報告

      >>55
       私は、あなた様の主張を「曲解」や「捻じ曲げ」に依る産物との様な言い方は、決して致しません。

       ただ、単純に、あなた様に於いては、あなた様なりの感じ方が有り、お立場が有り、欲求や目的意識が有って、その様に日本人の言葉をお使いに成っていらっしゃるのだろう、と、この様に思うだけで御座います。

       そしてそれはお互いに、拠って立つお国の形の違いや、体を造っている遺伝子の違いから、必然的にその様な言葉の使い方に於ける差異を発生しているものと、私なりに理解しているつもりです。

       ですから、話し合いに於いて、私の求める目的は、中国人や韓国人の皆様の様な、国家的な強制や脅迫で生まれる一つの結論、では有りません。

       多種多様な意見が現れること、それそのものなので御座います。

       そして異なる意見を持つ人の、判断基準や感覚や欲求、それに依って生まれる目的意識、そしてその安全性の確認、と言う感じです。
       その様な意味で、あなた様のご意見に感謝しているところです。

       それにしましても、あなた様は私の事を嫌っていらっしゃるご様子で、それが為に、同じ資料に基づいて同じ結論に至っているのだけれども、さも、違っている様に表現していらっしゃる様に見受けられます。

       即ち、つまるところ、あなた様の御認識としましても、
      ==========
       民主的な社会の中の民主的な法律に基づく民主的な法廷で有れば、再審請求を受け付ける窓口が有るのだけれども、東京裁判に於いては、それは存在しない。
       即ち、その正式名称が極東軍事裁判、と言う様に、それは軍事の範疇で行われた裁判で有る事が、その原因で有る。
      ==========
       これに、相違は御座いませんよね。

    • 59名無し2019/08/22(Thu) 20:45:11ID:M0ODk2MjI(14/17)NG報告

      >>56

       日本のバブル時代に於いては、表面的にはプラザ合意などで、輸出管理税の徴収を停止して逆に税の還付を行って逆輸入を解禁するなど、外国の内政干渉や作為が様々な分野で公然非公然に取り交ぜて及ぼされ、日本の社会全体が翻弄され放題の観が御座いました。

       その時代に於いては、ラジオ番組からテレビ番組、更に週刊誌からテレビ、そして新聞から子供の教育に使用する教科書に及ぶまで、30万人の南京大虐殺説や20万人の従軍慰安婦説や300万トンの麻薬覚せい剤の貿易説などなど、実に実しやかに言葉が使われていました。

       その「イランからの300万トンもの大麻やアヘンの輸入貿易」に関する報道のピークも、そのバブルの時代の最中で御座いました。
       バブル時代は、1986年12月から1991年2月までとされていますが、その記事を根拠とした断続的な「日本一国性悪論」の宣伝は、2001年位まで盛んに行われていました。

       私が直接に、その大麻やアヘンの主張に接したのは、1999年頃にピークを迎えていたニフティーBBS・パソコン通信の中の掲示板でした。

       青筍さんと言う会員の方から、様々な写真資料を提示され、当初は圧倒されていたのですが、暫くしてから、日本国内や中国国内に持ち込まれた事を示す文書の存在を確かめたら、「1カートン」と言うのです。
       念の為に、キログラムの単位で回答して下さい、と言いますと、推定、約200gだと言うのですよ。

       そんな事で、テレビや新聞や出版社が、まるで史実で有るかの様に報道していたのかぁ、と感じ、2度ビックリした事を憶えています。
       現在に於いては、華僑の人を含めて日本国内に存在する殆どの人が、それは事実では無い、と言う人々です。

       その事が、ここでも確認できた事を幸いに思います。

    • 60名無し2019/08/22(Thu) 21:14:58ID:M0ODk2MjI(15/17)NG報告

      >>56

       私が、イラン産の大麻の事例を紹介した理由は、あなた様が満州産のアヘン、即ちケシの実に傷を付けて採取される樹脂やその精製で出来るヘロインを、旧日本軍が銃や弾丸や戦車や戦闘機を購入する為の軍事費を造る為に、製造と運搬と販売を行っていた、との様に記述して、激烈な感情表現で怒りを示す主張を展開されていたからです。

       ですが、私の知るところ、パソコン通信の掲示板のピーク時で有った1990年代後半に於いては、イラン産の麻薬覚せい剤の密貿易の話は活発だったけれども、満州の麻薬覚せい剤に関する主張の掲示文は、見たことが一度も有りません。

       その様な因果関係で、この度のあなた様のご主張は、原資料に基づくリアルな主張の形からは、かなり離れている様に感じた次第です。

       言って見れば、2001年頃に出版された、日本名西木さんの創った小説の中で、主役の人が、「これは、重大な意味を持つ史実だ。」と、発言しているので、あなた様はそれをそのまま史実と認識している形で御座いましょう。

       その西木さんは、確かに凄い小説家で1988年に直木賞を受賞した作家さんですよねぇ。
       私はその年まで東京で暮らしていて、居酒屋で幾度かその方に関して、出版関係の人達から、次の様に尋ねられた事が有ります。

      「新潟経由で秋田県の西木村に住み着いた、日本名西木と言う人間が直木賞を受賞する事が決まったのだけれども、なぜか中国関係者の公然非公然の猛烈なバイアスが掛かって、強引にその受賞が決められた。
       あなたは秋田県の出身だと言うので教えて欲しいのだが、その西木村に移住した西木と言う人は、いったいどう言う人物なんだ?
      「中国側は、なぜ強引に、その西木と言う人間に、日本の文化的権威の有る賞を受賞させる必要が有るんだ?」
       この様なお話だったのですが、1988年当時には整合性が無かったけど、2001年には、充分に整合性が揃った形です。

       その様な見地からの質問に成りますが、小説の中の事として、
      「膨大な量」「途轍も無い多くの量」「莫大な金額」
       この様な形容詞的な表現が有るだけで、
      「現実の社会の中で実際に実務に使用された記録としての、トンやキログラムやグラムと言う数量を示す数字の記載されている文書」
       この様な文書やその写真は、1枚も実在していない。

       これに、相違御座いませんね。

    • 61名無し2019/08/22(Thu) 21:50:42ID:M0ODk2MjI(16/17)NG報告

      >>56
      「お体を悪くされるのでは無いだろうか。」
       この様な心配を発生するほどに興奮する事は無い様にお願いします。
       どの様にすると、興奮しないで、大人しく言葉を使う事が出来るのかと言いますと、ご自身の心と体を、中国や韓国やシンガポールの政治指導者から最も離れたポスト、即ち欧州や中央アジアや日本で働く小規模農業の従事者。
       自分が、その様な人間に成ったつもりで、ただ単に個人的な興味から情報を集めて見る、と言う感覚で、言葉を眺めるのです。

       えぇ、実際に、私はその様な者ですので、あなた様がなぜそれほど興奮したご様子で激烈なる表現を用いるのか、トンと訳が解らないと言う感じなのです。
       そして検証手段の一つとして、逆算式に整合性を考えて見ますと、私が中国や韓国やシンガポールの国の中に存在していて、政治家の多く集まるホテルの大ホールの中で、お酒を頂き乍らの親睦会の会話の中で、
      「400万人の一般市民の戦争に依る犠牲」
       この様な存在に言及したら、そりゃ怒られるのは当然ですよね。

       実のところ、マライ共産党側の視点から見れば、
      「爆弾やその破片が頭に直撃して死亡した場合は戦死、それ以外の死は戦死では無い。」
      「旧日本軍の降伏前にゲリラの発砲した銃弾を被弾して死亡した場合は戦死、
       旧日本軍の降伏後にゲリラの発砲した銃弾を被弾して死亡した場合は戦死では無い。」
       この命題が成立します。
       
       そしてもう一つ重要な意味を持つ命題が成立します。
      「戦勝国側が、400万人の民間人を虐殺しても、700万人の民間人を虐殺しても、被害者側はその被害を理由に謝罪や賠償請求が出来ない。」
       実際のところ、1970年までに2万年前から南京平原や北京平原や満州地域に先住民として暮らしていた女真族6千万人、朝鮮半島に先住民として暮らしていた女真族7百万人が虐殺されています。
       同様に、18世紀半ばまで2万年前から台湾に先住民として暮らしていた女真族20万人が虐殺されています。

       日本列島に2万年前から先住民として暮らしている女真族、即ち大和民族は、4百万人の民間人が虐殺された事に関して、批判する事も謝罪要求する事も損害賠償請求する事も出来ません。

       理由は、結果として、その権利が戦勝国の戦利品として奪われた状態だからです。

    • 62名無し2019/08/22(Thu) 22:35:58ID:M0ODk2MjI(17/17)NG報告

      >>57
       それは、1954年まではマライ共産党側の目線から、アジアの先住民に対する精神浄化や民族浄化の方向で利用できるので有れば利用しようと考えた場合の評価で御座いましょう。

       言わばレミングの群れの様に、マインドコントロールで自虐史観に固まってくれれば、とても扱い易いと言うイージーな雑感からでた酷評で御座います。

       ですが、多くの大和民族の侍の魂を持つ人達が、太平洋戦争の時代に於いて自分の身を盾にして、その後に発生する祖国の存亡を掛けた生存闘争の時代に於いて、辻さんの才能を存分に発揮して欲しいと言って、惜しげも無く命を捨てる様にして死んでいった行為から生まれた作用で、辻さんの中に強い矜持が有った、と言う事で御座います。

       だからこそ、1952年10月2日から1961年に暗殺されるまで日本の国会議員を歴任されていたのですよ。
       因みに、『ウィキペディア(Wikipedia)』で紹介されている通りに、日本国内での渾名(あだな)は、「作戦の神様」でした。

       戦後もマレーシアやラオスなどを視察すると共に、国家主権と治安の回復の為に顧問として活躍していて、イギリス軍が早期の1948年から路線を180度転換して、マレーシアの独立を承認する路線で活動する様に成ったけれども、なかなか埒が開かない状態が続いていた。

       するとそこに、辻正信元大佐が顧問として協力する様に成った1955年から、瞬く間に治安が回復方向に転じて、1960年の独立に漕ぎ着けた、と言う事で御座います。

       また、それほどに作戦の神様で有り、また自ら危険を顧みずに走り回る人間で有ったが故に、視察先のラオスで、暗殺されて一生を終わっているのです。

       その様な生き様と死に様の辻氏を、今現在に於いて、あなた様は腰抜けの無能者呼ばわりするのですか?

       日本側の視点から判断する場合には、篤く感謝すると共に、ご冥福を祈るほかに有りません。

    • 632019/08/22(Thu) 23:18:38ID:AxMTExNjA(10/14)NG報告

      >>58
      極東国際軍事裁判は、文字通り軍事裁判
      民主国家だろうと何だろうと、戦争犯罪を裁く軍事裁判に上告はあるのか?
      日本も軍事裁判を開いたことがある
      たとえば、2.26事件の軍事裁判は、一審制で上告はない
      なら、東京裁判が一審制でも問題にならない

      ドイツのニュルンベルク裁判は一年以内に終わっているのに対して、
      日本の東京裁判は、半年の予定が2年間、審議した

      それに、日本は他国にそれを主張できるほど、厳格に軍事裁判をしたか?
      たとえば、南京事件の違法行為に対して厳格に軍事裁判で裁いていれば、松井石根の死刑はなかったと思う。
      自分たちで、まともな軍事裁判を行ってもいないのに、東京裁判は不当だ、民主的でないという。
      ダブスタだね

      君の個人的感想などどうでもいい
      東京裁判の上告を合衆国最高裁は、同年12月20日に請求を棄却したという原文(英文)を出せよ
      出せなければ、君はデマを拡散させていたということだね
      こちらは、広田判例の英文を出そう

    • 642019/08/22(Thu) 23:25:13ID:AxMTExNjA(11/14)NG報告

      >>63
      United States Supreme Court
      KOKI HIROTA V. GENERAL OF THE ARMY MACARTHUR(1948)

      We are satisfied that the tribunal sentencing these petitioners is not a tribunal of the United States. The United States and other allied countries conquered and now occupy and control Japan. General Douglas MacArthur has been selected and is acting as the Supreme Commander for the Allied Powers. The military t ibunal sentencing these petitioners has been set up by General MacArthur as the agent of the Allied Powers.

      Under the foregoing circumstances the courts of the United States have no power or authority to review, to affirm, set aside or annul the judgments and sentences imposed on these petitioners and for this reason the motions for leave to file petitions for writs of habeas corpus are denied.

    • 652019/08/22(Thu) 23:53:29ID:AxMTExNjA(12/14)NG報告

      >>59
      >30万人の南京大虐殺説や20万人の従軍慰安婦説や300万トンの麻薬覚せい剤の貿易説など

      つまり、君の言った300万トンの大麻輸入の話は、中国共産党や挺対協と同レベルの嘘だったということか!

      >>60
      >その西木さんは、確かに凄い小説家で1988年に直木賞を受賞した作家さんですよねぇ。
      > 私はその年まで東京で暮らしていて、居酒屋で幾度かその方に関して、出版関係の人達から、次の様に尋ねられた事が有ります。

      君の文章は全く意味不明、なんで西木という小説家の話になって、グダグダと話を脱線させる?西木とかいう小説家など知らない
      とても、正常な人間の書く文章に思えない

      >これに、相違御座いませんね。

      君の脳内妄想をずっと語っていただけだろう。君の脳内妄想を私が確認できるわけがない

      >>61
      >「400万人の一般市民の戦争に依る犠牲」
      > この様な存在に言及したら、そりゃ怒られるのは当然ですよね。

      この文章も全く分からない。ソースをだせと聞いているのに、なぜソースを示さず、言い訳を繰り返す?

      > 実際のところ、1970年までに2万年前から南京平原や北京平原や満州地域に先住民として暮らしていた女真族6千万人、朝鮮半島に先住民として暮らしていた女真族7百万人が虐殺されています。

      なぜ、2万年前の話になる?関係ない話だよね

    • 662019/08/22(Thu) 23:57:27ID:AxMTExNjA(13/14)NG報告

      >>62
      辻政信がやらせたこと
      作戦の失敗は他人に擦り付け、捕虜や民間人の殺害に関与し、戦後逃亡、なぜか国会議員になる
      最悪の日本軍人

      ノモンハン事件
      勝手にソ連と戦争を始める
      ソ連との全面戦争を恐れた日本政府からの命令を無視し、空爆までする
      作戦の失敗を井置栄一らや解放された捕虜たちに責任を負わせて、自決を強いる

      シンガポール華僑粛清事件
      警備本部で嘱託として勤務した篠崎護や現地の陸軍将校も、辻が企画・指導したと証言している[22][23][24]。「抗日分子」の選別は、事前に取り決めた名簿に照合する方法で厳密に行われていたわけではなく、辻参謀が現場を訪れて「シンガポールの人口を半分にするつもりでやれ」と指示を飛ばすなど、粛清する人数そのものが目的化されていたため、外見や人相からそれらしい人物を適当に選び出し、多数の無関係のシンガポール華僑が殺害された[25]。辻の起案した命令に対して、河村参郎昭南警備隊司令官などの指揮官たちは、短期間に大量の市民から敵性華人を選り分けるのは不可能であると上層部に抗弁し[26]、河村はその後も虐殺中止するように進言した[27]。

      バターンの偽命令による虐殺
      連隊や兵団に「米比軍投降者を一律に射殺 すべしという大本営命令を伝達する」との命令が第65旅団司令部から電話で伝達された。この命令を信じ、第百二十二連隊のように虐殺を実行に移した部隊もあった。ところが大本営はこのような命令を下達しておらず、本間中将も全く関知していなかったため、偽命令とわかった。当時、歩兵第141連隊長であった今井武夫は、第65旅団司令部の高級参謀・松永梅一中佐からその命令を電話で伝えられた。松永の談によると、辻が口頭でその命令を伝達して歩いていたとのことである

      ポートモレスビー作戦
      補給上の見地からポートモレスビー占領は困難であると見ていた大本営では、十七軍に対して作戦研究を命じたが、十七軍に命令を交付するためミンダナオ島ダバオに到着した辻は、直ちに作戦を実施するよう指導した。6500人戦死

    • 672019/08/23(Fri) 00:04:31ID:g4OTY5NDA(14/14)NG報告

      君の個人的経験などどうでもいい。意味不明な文章でなく、根拠を書きなおしてね

      >>47
      >ただ戦前は、実は「大麻の葉」には大きな使い道が御座いました。
      > その使い道に依って、イランから日本に向けて300万トンもの大麻が出荷されていた、と言う記録が有ります。

      なんで日本でも自生する大麻を、わざわざイランから輸入しなければならない?
      『300万トンもの大麻』って何だ?
      日本のコメの生産量が一年あたり800万トンだよ
      『300万トンもの大麻』を輸入して一体何に使うのか?

      なぜ、君は息をするように嘘を付くの???

      ついでだ>>25
      > 次に、意外に忘れてしまった人が多いと思いますが、外国の領土内で捕虜に成って虐殺された国民の人数の最も多い国は、実は日本なのですねぇ。
      > 満州地域で、軍人10万人、民間人10万人。
      > 満州以外の中国国内で、軍人10万人、民間人10万人。
      > 東南アジア地域で、軍人10万人、民間人10万人。
      >>27
      > 現実に、当時の日本の国は帝国主義の国で、一般市民の戦争に依る犠牲としての死亡が、総合計で約4百万人で有ることは、住民票に基づいて確認されています。

      これの説明をしろ!!!
      東南アジアに10万人も民間人がいるわけないだろ
      捕虜となった軍人民間人を60万人も虐殺して、事件にならないわけないだろ
      WW2での日本人の死者は軍人も含めて300万人、400万人の一般市民の戦争に依る犠牲ってなんだ!!! 嘘ばかり並べるな

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