日本の降伏が半月早ければ、半島の南北分断も原爆もなかった。

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    • 1名無し2021/04/30(Fri) 15:37:26ID:k3OTQ4MDA(1/1)NG報告

      ソ連軍の満州·北朝鮮侵攻開始から米国の韓半島(朝鮮半島)分割計画が確定した8月10日夜9時ごろまでの時間差は、満2日間で11時間を加えた59時間にもなった。 ソ連軍は満州で1日に最も多く進撃した日(9-10日)が100-200キロだったが、北朝鮮では同時期に京興方面から入ってきた後、熊旗に向かって約20キロ進撃した状態だった。 このような戦況から見ると、ソ連軍の北朝鮮進撃のため、米国があれほど焦って韓半島に38度線を引かなければならない理由はなかった。

      じゃあ、なんで引いたんだ? 米軍はその時、朝鮮駐留日本軍司令官が東京大本営に送った暗号電文を入手した。 その内容は、「朝鮮軍(朝鮮管轄第17方面の日本軍全体)を満州側の関東軍作戦指揮下に置くことにした」というものだった。 そうなれば、関東軍がソ連軍に降伏した場合、韓半島全体もソ連支配下に入ることになる。

      これに先立ちマッカーサーは、九州や関東上陸作戦による日本占領を計画し、韓半島を米軍侵攻作戦地域から除外した。 彼の日本第一主義は、「満州と朝鮮での戦力空白はソ連軍に任せようということであり、それが韓半島分割を招いた。

      日本が半月だけでも早く降伏していたなら、韓半島は分断されず、韓国戦争も起きなかっただろう。
      外交安保研究員の「38度線画定の国際的要因:韓半島(朝鮮半島)分割過程への再照明(1941-45)」は、例えば左右対立など韓民族内部の政治的分裂が分断を自ら招いたという韓半島(朝鮮半島)分断内人論が虚しい可能性をよく示している。 朝鮮戦争とその後の南北対決までを見ると、韓半島分断が初めて外人論が優勢な複合型から次第に内争的性格が優勢になる複合型に推移してきたという李完範(イ·ワンボム)韓国学中央研究員の論文も説得力がある。

      しかし、例えば欧州のアメリカ占領、英国のインド植民地支配、日本の朝鮮植民化を考える時、それぞれアメリカインディアン、インド、朝鮮人たち内部の政治的分裂、争いがそのような結果を招いた一つの要因になったという説明が意味があるだろうか? 韓半島やドイツ、ベトナムの分断が民族内部の団結で防げるレベルだったのだろうか。

      http://www.hani.co.kr/arti/culture/book/191041.html

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