https://news.livedoor.com/article/detail/19803016/ 2020/3/6
朝鮮日報 主筆楊相勲
[コラム]独立門は抗日独立の意志のため立てたものだと思っている人が意外に多いということを知った。独立門は中国の圧政から抜け出すことになったのを記念しするために建てたものだ。
多くの人が抗中独立門を抗日と誤解してることは韓国社会の現代史認識の屈曲地点を示している。
韓国は歴史的に中国と日本から多くの被害にあったが、中国がもたらした屈辱と苦難の方がずっと大きい。さげすみを受けた歳月は500年を優に超える。
(中略)
この独立門をおかしなことに抗日の象徴だと思っている人がこれほど多いのは、反日が政治の手段となっているからだ。中国共産党を尊敬して反日を掲げる民主化運藤圏(左派市民運動勢力)が権力を握ったことで、中国が韓国に与えた巨大な被害は埋もれ忘れられた。
独立門に対する誤解が喜劇になってしまった事例が、文大統領の2018年三・一節記念式典だ。文大統領は記念式典を西大門刑務所で開催し、強硬な反日演説を行った。そうして、出席者と共に近くの独立門へと行進を始めた。大統領一行は独立門の前に立ち、一緒に万歳を三唱した。抗日イベントが反中万歳で終わったのだ。文大統領は中国に行って韓国を「小さな国」と卑下し、中国を「高い峰」と仰ぎ見た人物だ。その文大統領が、独立門は中国から独立したことを記念する象徴だという事実を知っていたなら決してそこで万歳を叫びはしなかっただろう。
独立門が建てられる10年前、朝鮮王朝は自主外交をしようと米国に公司を派遣した。当時、中国の朝鮮総督は28歳の「袁世凱」だった。父親や祖父のような年代の朝鮮の大臣たちを殴り椅子を投げつけたりした彼は、属国が何の外交をするのかとブレーキをかけた。米国の助けで何とかパク・チョンヤン公司がワシントンに到着したが、すぐ中国の干渉に妨げられた。独自に米国の官僚と会う事ができず、会う際には必ず中国公使の下座に着けと言われた。そんなさげすみから抜け出そうと建てた独立門の前で反日万歳を叫ぶ大統領は、かんじんの中国訪問時、パクチョンヤンが受けたさげすみに劣らぬ侮辱を受けた。
反中の象徴・独立門で反日を叫んだ文大統領
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