東南アジア(台湾編)・・・日本統治時代を高評価している!!

60

    • 1名無し2018/02/12(Mon) 13:48:29ID:IwNjA2NTI(1/4)NG報告

      観光客の多くが立ち寄る龍山寺では、年配者から日本時代の懐かしい思い出などを話してくれることもある。
      それは、台湾が1895年の下関講和条約で日本領土となり、台湾の多くの人々がその後半世紀もの日本統治時代を高く評価しているからである。

      《台北の鉄筋コンクリート製下水道施設などは、東京市(当時)よりも早く整備され、劣悪な衛生状態を改善することによって伝染病が一掃された。そして、あらゆる身分の人が教育を受けられるよう、貧しい家庭には金を与えてまで就学が奨励された事実を忘れてはならない。台湾の近代史はこうした日本統治時代を抜きに語ることはできないのである。》(『台湾人と日本精神』)

      台湾にはそんな日本統治時代の建物がいたるところに残っており現在も使われている。

      今も台湾総統府、国立臺灣博物館などもそうであり「林田桶店」という桶屋さんまでそのまま残っている。
      日本統治時代の駅舎も数多く残されており、まさしく台湾の各都市は“日本建築博物館”のようだ。

      台南には、土木技師・八田與一(はったよいち)が1920年から10年かけて完成させた当時東洋一の規模を誇った烏山頭ダムがあり、そのほとりには、八田與一の銅像と八田夫妻の墓碑が建つ。

      台南ではアメリカ軍と日本軍の空戦などもあり当時の記憶を話してくれる人もいる。

      紅毛港保安堂で会った、ある年配者の台湾人は「私達のような民間人も日本軍と武器を取って戦いました。フィリピン人はアメリカ軍とインドネシア人はフランス軍と日本軍と共に独立を掛けて戦いました。」

      「韓国だけです武器も取らず何もしなかった人たちは、戦後を見てください日本はもちろんアジアの都市は見る影もなく破壊されつくしました。韓国だけ無傷で残っていたのです。」

      「韓国は男も女も戦争と関係なく平和に暮らしてました。そんな韓国人が、なぜ日本を嫌うのか信じられません。」そう言うと彼は恥ずかしそうに笑った。

      ソース ニュースポストセブン他。

レス投稿

画像をタップで並べ替え / 『×』で選択解除