関東大震災の朝鮮人虐殺の英雄を韓国人に教える

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    • 1名無し2017/09/03(Sun) 07:37:46ID:U4NTY3MTA(1/2)NG報告

      大川常吉

      関東大震災により混乱にあった神奈川県橘樹郡鶴見町(現・横浜市鶴見区)において神奈川警察署鶴見分署長の任に就いていた大川は、自警団らの群衆から殺害されるおそれのあった朝鮮人・中国人らおよそ300名を守ったことで知られる。

      自警団らの群衆が朝鮮人をころせと叫んで署を囲み、大川は朝鮮人が悪いということはないと説得するが、群衆は朝鮮人に味方する警察を叩き潰せと騒ぎ立てた。地元有力者たちは追放を迫った。鶴見分署は1000人以上の群衆に囲まれた。その時、署員総勢30名の鶴見分署には署員が3名くらいしかいなかったようである。

      大川は群衆の前に立ちはだかり、次のように大声で言った。
      「鮮人に手を下すなら下してみよ、憚りながら大川常吉が引き受ける、この大川から先きに片付けた上にしろ、われわれ署員の腕の続く限りは、一人だって君たちの手に渡さないぞ」

      これには群衆も驚き、しばらくすると代表者数名が話し合い、大川に問うた。警察が管理できずに朝鮮人が逃げた場合、どう責任をとるのか。大川は、その場合は切腹して詫びると答えた。そこまで言うならと、とうとう群衆は去って行った。

      こうして朝鮮人220名、中国人70名およそ300名が大川分署長はじめ30名の鶴見分署員により守られた。

      食糧の問題について、大川は鶴見町会で批判を受けつつも人道論を主張し、一般避難民として扱う承認が得られ解決した。大川は割腹の約束の件を神奈川県庁に報告した。朝鮮人・中国人は合わせて301名に増え、9月9日、鶴見分署から横浜港の「華山丸」に全員移動し、事なきを得た。その後、神戸港へ送られたということである。

      大川は在日朝鮮人達から、感謝状を送られ記念碑も建てられている。

      まあ、どうせこんな話を聞いても日本人というだけで、大川常吉を韓国人は卑下するんだろうがw

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