※私は小野田さんが帰国後、年老いた両親と向かい合った時の映像が頭に焼き付いています。
YouTube 2017/5/6 (日本語字幕可)
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(上記youtube)
The Soldier Who Continued Fighting WWII 29 Years After It Ended, Because He Didn't Know
YouTubehttps://youtu.be/U6rOSe3EsdM?t=2
The last true SAMURAI - Japanese Spirit
YouTubehttps://www.youtube.com/watch?v=ZcFbQbs-Cg0
(小野田寛郎)
https://ja.wikipedia.org/wiki/小野田寛郎
(wikiより)
小野田に対し、日本国政府は見舞金として100万円を贈呈するが、小野田は拒否する。拒否するも見舞金を渡されたので、小野田は見舞金と方々から寄せられた義援金の全てを、靖国神社に寄付している。昭和天皇との謁見も断り(万が一、天皇が謝罪するようなことを避けるため)、小野田は戦闘で亡くなった島田と小塚の墓を墓参している。
(私が見た従軍慰安婦の正体 小野田寛郎)
www4.airnet.ne.jp/kawamura/enigma/2005/2005-01-16-onoda_ianhunoshoutai.html
(平成23年8/15戦歿者追悼中央集会(小野田寛郎氏)
YouTubehttps://youtu.be/Vp9lqENVedc?t=4晩年は小野田さんはブラジルて亡くなったんだっけか?
日本のマスコミは横井庄一さんをもてあそんで持ち上げて
国政選挙にまで立候補させたが落選してしまった
その後は潮が引いたようにマスコミの扱いも少なくなった
同じく小野田寛郎さんに対しても
日本のマスコミはもてあそんで傷つけて好き放題だった
自分が守ろうとした日本はこんな国になってしまったのか
と思ったとしても仕方がないほどであった
小野田寛郎さんは日本を去ってブラジルに行ってしまった
その後はブラジルに拠点を置きながらも
日本で社会活動を行い貢献されてきた東京の病院で亡くなったと憶えています。強制従軍慰安婦問題については「変な話だ。あれは商行為です。」と明言していた。一人の信用に足る人物の率直な見解です。
>>7
いや何してたのか聞いてるだけなんだけどw
知らないなら黙ってなさい、勘違い君wカンボジアで撮影4か月 約30年間の潜伏を描いた人間ドラマ
1974年3月、終戦後約30年の時を経て帰還し「最後の日本兵」と呼ばれ、社会現象になった旧陸軍少尉・小野田寛郎(おのだ ひろお)の潜伏期間の史実を元に着想、映画化された『ONODA 一万夜を越えて』。
フランス映画界で今最も注目されている新鋭 アルチュール・アラリが監督を務め、フランス、ドイツ、ベルギー、イタリア、日本の国際共同製作映画でありながら、ほぼ全編が日本語のセリフで紡がれているこの異色作は、第74回カンヌ国際映画祭2021の「ある視点」部門オープニング作品に選ばれ、現地で約15分ものスタンディング・オベーションを受けるなど、大反響!
終戦後も任務解除の命令を受けられないまま、フィリピン・ルバング島にて約30年間を過酷なジャングルの中で過ごした小野田寛郎の青年期を演じるのは青年期を演じるは2000年13歳の時に映画『ジュブナイル』(山崎貴監督)でデビュー、近年はドラマ・映画と活躍中の遠藤雄弥。
上官の命令により作戦を決行する為ルバング島に上陸するも、指揮権も与えられないまま敵に襲撃され、攻撃や飢え、病に倒れていく仲間たちを前に苦悩する若かりし小野田を全身全霊で演じています。同じく小野田寛郎の成年期を演じるのはこれまでに250本以上の映画に出演し、北野武監督ら日本映画界の巨匠たちから絶大な信頼を得る津田寛治。25年以上も共にジャングルを生き抜いた唯一の友である小塚を亡くし、真の孤独に苛まれる小野田を体現する為、約1年かけて減量し撮影に臨んだ。
https://tokushu.eiga-log.com/movie/96398.html小野田少尉って、ふつうの軍人じゃないですよね
なんかスパイの訓練を受けた人だな小学校の時に親が本を買ってくれたんだ。
タイトルは
「戦った、生きた、ルバン島30年」
だったかな?読書感想文書いたらなんか賞貰ったのを覚えてる。
内容は主にサバイバル術だったかな?まあ子供なんで社会背景とかよく解ってなかったんだろな。
って調べたら10000円もするのかよ!
クソ、捨てたわ多分w
https://www.amazon.co.jp/%E6%88%A6%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%80%81%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%81%9F%E3%80%81%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%B3%E5%B3%B630%E5%B9%B4-%E5%B0%91%E5%B9%B4%E5%B0%91%E5%A5%B3%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%8F%E3%82%8B%E3%82%8F%E3%81%9F%E3%81%97%E3%81%AE%E6%89%8B%E8%A8%98-%E5%B0%8F%E9%87%8E%E7%94%B0-%E5%AF%9B%E9%83%8E/dp/B00DJ2C2D4>>10
陸軍中野学校を出ているから特殊な知識を持ち訓練を受けているはず。>>7
미치광이 잖아1974年に小野田寛郎氏(最終階級は予備陸軍少尉)がルバング島から29年ぶりに日本に帰還したときのことは、幼いながらも鮮明に覚えています。
その前の1972年に横井正一氏(最終階級は陸軍軍曹)がグアム島から帰還したとき、テレビの映像で見る彼は失礼ながらも痩せ衰えた老人のように思えましたが、小野田氏は同じ痩せ細っていても眼光が鋭く、どこか人を寄せ付けない厳しくもおっかない印象を抱いたものでした。
やがて小野田氏が旧日本軍のスパイ養成学校・陸軍中野学校出身であることを知り、当時抱いた自分の印象に奇妙な確信を持つとともに、アバウトながらも彼のキャリアを調べてみたりして、改めて戦争がもたらす狂気と、それでも生き抜く生存本能みたいなものに仰天したりもしました。
さて、本作『ONODA 一万夜を越えて』の存在を知ったとき、最初に危惧したのはアラチュール・アラリという異邦人監督の目で、小野田氏を奇跡の生還者として単純に讃えたものになっているのではないか?というものでした。
しかし、いざ拝見すると彼が29年間も「任務」を遂行し続けていく上で、現地住民から略奪も行えば、時に殺生も犯していた事実を隠すことなく、その上で彼を生き延びさせた要因は何であったのかを探ろうとする制作姿勢に好感を持つことができます。
https://cinema.ne.jp/article/detail/47807>>6
小野田氏は残置諜者の任務を与えられ、それを実行していた。
横井氏は逃げ遅れた敗残兵だったが、小野田氏の場合、任務として残っていた。
だから、直属の上官が任務を解除する必要があり、実際に、かつての上官がルバング島に行った。
残置諜者とは、敵軍に奪われた領土に残り、後方攪乱や諜報任務に当ることをいう。
もちろん、残置諜者に選ばれるのは中野学校などで、諜報分野の訓練を受けた者に限られる。
もし可能なら、現地人になりすまして、現地の指導者になることも含まれる。
都市伝説に近いが、金日成は日本軍の残置諜者だったという説もある。
佐藤守『金正日は日本人だった』という本に書いてあるが、超面白いぞ。
外国人視点の、ルバング島小野田少尉の29年間
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