ハングルの歴史について知っている人っている?

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    • 57makobee2017/03/07(Tue) 21:49:40ID:Q4MzI2NTM(1/1)NG報告

      >>55
       正しいハングルの書き方について、大日本帝国時代の総督府でも、逐次改定ています。下記は、学校教育で行われる正書法について、朝鮮総督府が実施したものです。
      1912年に「普通学校用諺文綴字法」
      1921年に「普通学校用諺文綴字法大要」
      1930年に「諺文綴字法(おんもんていじほう)」
      1933年に「朝鮮語綴字法統一案」
       特に、「朝鮮語綴字法統一案」は、南北分断後の正書法の元となります。

       wikiからの抜粋を含みます。
       「諺文綴字法」及び「朝鮮語綴字法統一案」については、それらの制定に携わった人の名前も残ってます。朝鮮語の綴字法の整理・統一作業は1928年から第1次調査会(調査委員:朴勝斗,朴永斌,沈宜麟,李世楨)を経て学務局原案を作成した。
       第一次作業は、名前の通りすべて朝鮮半島出身者が、整理・統一作業に従事しました。
       1929年から第2次調査会(調査委員:権悳奎,金尚会,申明均,沈宜麟,李世楨,李完応,張志暎,鄭烈模,崔鉉培,小倉進平,高橋亨,田中徳太郎,西村真太郎,藤波義貞)で原案を審議した。
       この正書法の特徴は、それまでの総督府による正書法と比べて、形態主義的な表記法を広く導入したことである。これは、調査委員に権悳奎,申明均,沈宜麟,鄭烈模,崔鉉培といった周時経門下の形態主義派の学者が多く加わり、彼らの意見を受け入れたものと推測される。ただし、形態主義に対する表音主義派の反発も根強かったと見られ、諺文綴字法に見られる形態主義の不完全さは両派の確執の産物ともいうべきものであった。このため形態主義派はその後、朝鮮語学会(現・ハングル学会)を舞台にして、形態主義的な表記をさらに進め、1933年に「朝鮮語綴字法統一案」を定めることになる。

       日本統治時代に今の韓国語に繋がる発展がありました。また、その発展に寄与した人は、当時の朝鮮半島で方言を含めた朝鮮語を研究していた言語学者と日本人で共同作業でした。
       上記、朝鮮総督府で「諺文綴字法」等の作成に関わった方々は、日帝支配の犬と非難して、親日派リスト(친일파 목록)に記載されている人もいるそうです。
       言語文化の文化の根幹の発展に寄与した人であっても、朝鮮総督府に協力すれば、犯罪者のように扱うのは、私には理解できませんが。

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