韓国の国家報勲処は,2014年11月21日,国立大田顕忠院で「独島大捷(勝利)」60 周年記念式を行った。
「独島大捷」とは,1954年11月21日に竹島で海上保安庁巡視船が砲撃された事件である。日本の巡視船への銃撃は,その前年の7月とこの年の8月にも起きていたが, この砲撃事件で韓国の竹島不法占拠は決定的になった。
韓国のメディアは次のように「独島大捷」を描写している。
「明け方,日本の海上保安庁の艦艇 3 隻が独島(日本名・竹島)に接近した。 (略)左右と中央から島を包囲した。日本の航空機も旋回した。600メートル前。拳銃の音とともに一斉射撃が始まった。M‐1小銃が火を吹いた。 迫撃砲弾は PS‐9 艦の甲板に当たった。PS‐10 艦も暗雲のような煙を吐き東に逃げた。(略)53~54 年に入り独島を侵した日本は痛手を負った。死傷者は16人」 (「常習的に侵犯する日本人を決死阻止した独島義勇守備隊」(2012年8月19日付『中央日報 日本語電子版』)。
この記事はまったくの虚偽である。日本人の死傷者はおらず,航空機など出動していない。
竹島から約3海里の所にいた巡視船「へくら」と「おき」から約1海里離れた場所に砲弾5発が落下したのは事実であるが,当時日本政府は竹島問題をあくまでも平和的に解決する方針で,巡視船の武装も貧弱で応戦など思いもよらず,その実態は「独島大捷」などではない。
いつものウリナラマンセー記事でした。
韓国で「独島義勇守備隊」追悼式 1954年に日本巡視船撃退
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