>>40
独自感を認識するのは世間知らずからの脱却であって、選民思想とは全く関係ないでしょう。
選民思想とは「異なる物事の拒絶」にその本質があります。
独自感を認識したとしても「分からないけど分からないままに尊重する」事は出来ます。
逆に独自感を認識していないが故に、無自覚に拒絶のようなものになってしまう場合だってありますよ。
他宗教の尊重力が劣る事については、それこそ彼らの問題であって知ったこっちゃねえや。
うちは何でも許容できちゃうガバガバ神道が大元なんで、これを拒絶するならもはや根絶するまでやるしかない。えーと、途中までは読んだけど長かったので・・・とりあえず気になった >>2 の「ヨーロッパで仏教が認識されたのは17世紀」について書かせてもらいます。反論と言うより補足情報としてとらえて欲しいです。
西洋が仏教を初めて知ったのは、アレクサンドロス3世の頃だと思うけど(私がそう思ってるだけ)。
ま、仏教という文化がその時に西洋に影響を与えたかは微妙だけどさ。
でもインド文化と古代ギリシアや古代ローマでは、神話の体系の中に共通する部分(同じ神がいるとか)があるしさ。(古アーリア人に共通する概念が受け継がれているとの説もあるけど)。
インダスの周辺に生まれた宗教で、例えばゾロアスター教(ニーチェが大好きだったツァラツストラさんが起こした宗教だよ)は、西洋の占星術と魔法の起源とされているし。
ジーザスさんが生まれた翌朝に迷惑にも押しかけ強引に祝福した三人のマギっているじゃん。マギは複数形で、単数形はマゴス。マゴスはゾロアスター教の坊さんのことなんだよね。キリスト教が東洋のツァラツストラさんの権威を利用した訳だ。イスラムも似たようなことしてるけど。
ちなみにツァラツストラさんは、バチカンに飾ってあるの絵画の中にも登場しているよ。
仏教を含めた東洋文化って、決して近代になるまで西洋に知られていなかった訳じゃないんだ。(一般化されるまで広がっていたかは別だけど)>>141
そう言えば、仏像が誕生したのは西洋の彫刻が元になっているとNHKでやってたな
日本の仏教で頻繁に火が使われるのもゾロアスター教の影響とも言ってた。キリストの福音書のマタイだったか、
“父の世界は世界に拡がっている、皆はそれに気が付いてない”という主旨の一節があったと記憶してるけど、
その発言は、つまり人類はエデンから追放されてないという事。 キリストは仏教の思想に近かったのではという説がある。一神教は駄目だよ
日本でなんだかんだ神仏習合できたのは仏教は神ではなく仏だったから
別物なので競合しないのだ
神道がOSなら仏教はアプリ
先に来たのが仏教ではなくキリスト教だったら習合はできなかった>>115
ちょっと訂正すると
バラモン教・現ヒンドゥー教でも「家族も地位も財産も全て棄てて出家する」、「生産活動を一切行わない」、「殺生をしない」、「修行して悟りを開く」は一般的な事です。今でも老後は出家パターンが有ります
だから出家する前からベジタリアンの人も沢山います。
そしてジャイナ教も勿論きびしい修行ですが、ヒンドゥー教の方がハードコアと言うか変態な苦行が有ります
ゴータマシッダールタが説いたのは「苦行は意味がない」です。心と身体の修行は厳し過ぎくても悟るまで続けます。当然オナ禁です。そして不偏にして中正なる道こそが中道(真ん中の道)です。
仏教と同じくヒンドゥー教のサドゥー(求道者)も、食事は他人から恵んで貰い。死体置き場に棄ててある衣服を拾って着て、木の下や森の中や洞窟で今日も寝てます。
そして仏教は作り話で出来る次元の話では有りません。東京で「昔、栃木の王子が・・」と話されても誰それ?となりますよね、当時のマガダ国はそこそこ都会で嘘は直ぐにバレます。そして悟りを開く前に既に大量の弟子を抱えています。つまり500人や1000人を纏める中心的な「誰か」が間違いなく居たのは確かです。거의 1년 반만에 돌아왔습니다. 저의 글을 호평해주신 분들이 너무나 많아서 부끄럽습니다.
저의 양친은 불교도입니다만, 저와 제 친구들은 그리스도교 신자들이 매우 많습니다. 이것은 미래의 한국 종교계의 상태를 예고하는 것일지도... 그리고, 통계상으로 한국 가톨릭은 이제 불교를 넘어 한국에서 가장 높은 신용을 가진 종교가 되었군요.
개인적으로 불교 중에서도 선불교에 큰 관심을 가지고 있습니다. 일본은 선불교의 문화 전통이 매우 강력한 나라라고 들었습니다. 그렇기 때문에 조직적으로 정비된 종교에 대한 거부감을 가지고 있다고 배웠습니다. 반면에 한국에서는 도대체 왜 동양 전통 종교의 소멸 현상이 일어나고 있는가? 라는 점에 대하여 많은 관심을 가지고 있습니다. 스레드와 조금 다른 주제를 펼치고 있는 것 같아서 너무나 죄송합니다만... 이 지점은 韓日 두 나라가 너무나도 다른 가치관을 가지고 있다는 것을 직접적으로 보여주는 것이기 때문에, 무시하면 안된다고 생각합니다.
일본의 정신문화는 언제나 신토와 선불교의 융합이었습니다. 한국에도 선불교의 전통은 매우 강력하게 남아있지만, 그보다는
한국의 정신문화는 一元論적 성리학, 구세주를 기다리는 미륵신앙과 전통 무속신앙의 혼합이었던 것입니다.
게다가 일본과 달리 한국의 역사는 마치 고대 이스라엘의 그것과 같이 끊임없는 투쟁사였던 것입니다.
선불교와 一元論, 이것이 우리의 다툼의 씨앗일지도 모른다는 것이 저의 생각입니다.>>149
요약하자면, 양국 종교사의 차이를 볼 때
세상을 달관하고자 하는 일본인
세상의 구원을 바라는 한국인
이 차이를 목격할 수 있다는 것입니다.>>149
이어서, 一元論 전통이 미약한 일본인들에게는 서양의 사유 전통이 몸에 맞지 않는 옷과 같으며
반대로 서양인들에게도 불교의 사유는 낯선 것이라고 생각합니다. 최근에 완전히 다른 흐름이 있다는 하나,
서양 사상의 기본은 유대교-플라톤주의의 일원론이기 때문입니다. 서양에서는 이것을 전제하고 시작하는 사상이
대부분이라고 생각합니다.日本の宗教のパーセンテージ
神道系48% 仏教46% キリスト教1% その他5% 無宗教が56%
数が合わないのは宗教団体の自己申告による誤差
見ての通り無宗教が圧倒的に多い。
ただ多くの日本人は、初詣(神道&仏教)バレンタインデー(キリスト)節分(神道)お盆&盆踊り(仏教)新嘗祭.秋祭り(神道)クリスマス(キリスト)で一年を過ごし。子供の時は七五三(神道)で祝い、その後に教会(キリスト)で結婚式をあげ、死んで墓に入る(仏教)。なかなかカオティック(chaotic)な生活を送ってる。
それなので一概には言えないが、指摘された様に「世界を達観する日本人」は多いと思う
それを惰性と見るか達観と見るかは、それぞれの判断だが・・・
一般的に救いを求める行為は、滅多に見られない(親が病院で死にそうな時とかは別として)ただ深層意識の中で神道の流れはありそうな気がする
規則などに縛られるのでは無く、全ての物事に敬意を払う(respect)
災害に対しても、敵対するのでは無く、鎮まり給えとお願いする姿勢>>154
「いただきます」とか「ごちそうさまでした」、誰をイメージするでも無くやる
有る種の宗教行事だからな・・・
厳格なキリスト教だと「天にまします我らの父よ。ねがわくは御名をあがめさせたまえ。御国を(略)アーメン」で、祈りを捧げてから食べ始める。
あまり関係ないけどアニメの字幕とかで
「いただきます」が「Let's eat!」や「Let's us eat!」に変換されてるとモヤモヤする想念の勢力の鬩ぎ合いは物質界にも起こっている。
しかし神界と人とのアクセスは人側から求めなくては得られない様になっている。
強制と束縛はサタンの領域である故、人の首根っこを掴んで強引に正しい道に導くことは出来ない。それが物質界がサタンの支配下と言われる所以でもある。
厳しい修行によって悟りを開こうという考えは律法遵守によって救いを得ようとするユダヤ教徒と変わりない。
殆どの信者が間違いを犯してしまうのも儀式が形骸化してしまうのもまた然り。
物質界の全ては全て朽ちる。人も地球も銀河も大宇宙も全て朽ちる。朽ちがあるから時が流れる。
想念の世界には朽ちがない。それ故に時は流れない。思考は可能だが想念のレベルは固定される。
物質界がその役割を終えた時、地獄に堕ちた者はサタンと一緒に永遠に苦しみ抜かなければならない。
キリスト降臨はアブラハムの神が特別にはからった人類救済計画なのである。
しかし聖霊によって祈らず教えとして悟ろうとするものは救われない。
色即是空空即是色。物質界の全てはあってないようなもの。
救いのアプローチはそれぞれ異なるが目的は同じだったりするのだ。>>158
仏教徒として「沢山の道」と言った訳は
日本の仏教の中でも多くの宗派が有り、思想体系も修行法も全て違うからです
私の所は道元禅師の曹洞宗(조동종 (일본)で彼の教えの代表的なのは「只管打坐」です
只管打坐とはいかなる思考もなく瞑想することです。 meditation without object, anchors or content
ただ管の様になる事を目指します。それが最短で有ると説きます。
同じく禅宗の臨済宗は公案(간화선)を重視し、師匠と弟子の対話で理解を深めます
日本で人口が多い浄土宗(정토교)は阿弥陀如来に祈り救いを求めます
密教系の真言宗(진언종)は御経を唱えます。少し呪術的な面も有ります
他にも無数の仏教の宗派が有り、それぞれが別々のやり方で悟りを得ようとしてます
共通しているのは釈迦の生き方を尊重するのと般若心経(반야심경)を唱える事くらいです
イエス・キリストは愛(アガペー)を、釈尊は悟りを、別々な道でも共通する部分は有ると思います>>4
細かい事をいう様かもしれないけど
>仏教のように神のない虚無の世界を信仰する宗教
と言うのはもう少し丁寧に言葉を使ってほしいな。
仏教にも神はあり神は仏の守護者として存在すると言うのもあるんだから
誤解される様な書き方は控えて欲しい。
そして所謂インド→中国→日本に到達した北伝仏教(所謂大乗仏教)では
死後の世界では無とはされてないよ。
確かに原点では死後の世界と言うのは存在していないと言うのは確かだけど
所謂観音信仰と言うのは仏に至る道筋の途中の話なわけだから
死後の世界を認める事になると思う。
そして今日本の殆どの仏教では北伝仏教の価値観が主流なのだから
死後の世界などは無いと言い切るのもかなり暴論に近いと思う。
釈迦は死後の世界を認めていなかったのではなく
正確にはあるか無いかは自分にも分からないものとしてる筈。
つまり無いとも断定はしてないはず。
ここは良心的に解釈すると死後の世界があるかどうかは分からない。
ただし死後も世界があるものとし仏になる為になお精進せよってのが本当じゃないのかな?
俺はそう捉えた方がスッキリすると思うけど。>>167
日本で完全な宗教の自由が確保されたのは最近(1947年)です
大日本帝国憲法第28条でも形式上有りましたが教育勅語不敬事件や
上智大生靖国神社参拝拒否事件など靖国神社参拝を強制する事も有りました
とても共存してたとは言えないですよね。
自分は「先人の苦難と苦労のおかげで現在は共存出来ているだけ」だと思います
今後、「〇〇は敵であり悪です!」と叫んで行動する輩が出たら一瞬で崩れ去りますからね
そして仏敵と言う言葉が有ります(うちでは使いませんがw)例えばある新聞に
「青年よ、仏敵を打ち砕け。学会迫害の悪人は厳罰でのたれ死ぬまで攻め抜け」などと書かれてます
仏敵以外に法敵(仏法に害をなすもの。)などと言う場合も有ります
逆に新約聖書のマタイ五章43段でイエスは言いました
『隣り人を愛し、敵を憎めと言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。しかし、わたしはあなたがたに言う。敵を愛し、迫害する者のために祈れ。』だそうです>>169
はい。その通りです。
そして西洋人が、最初に認識するなら
上座部仏教より北伝仏教の方が良かった気がします。
いきなり「死んだら無」とか「出家しないと悟れない」とか言われても
ショックが大きいですからねw ニルバーナの概念を認識するのも大変ですし
「毘盧遮那仏or阿弥陀如来を拝んでればOK」の方がハードルが低かったかもw>>171
はい。 「神殿で商売するなんて何事か」とブチ切れてましたねw
それと旧来(イエスの生きてた時代)のユダヤ教にも反感を抱いてました
そして残念な事に神道を含め仏教も商売にしがちな面は有りますよね
ナザレのイエスは、仏教で言う一休宗純(一休さん)みたいな破戒僧に近いと思います
経典を読み真の解釈を理解し行動する。
何処の宗教も、その時代背景に基づいて作られます。
そして堕落したり進化したりします。
相手を思いやる心、理解しようとする努力を怠ってはいけないですよね西欧における現代の仏教への反応について報告します。
政治的な出来事により祖国を離れざるを得なくなったダライ・ラマ14世法王猊下やティグナットハン師
海外で住職になった鈴木俊隆師など多くの異なったタイプの教えが特にアメリカを中心に根付きました。
一方、既存の耶蘇教に飽きたらぬ人々が、南アジア、東南アジア諸国等でそれぞれの仏教を学びました。
多くは自分に合った教えや修行を重ねました。
それは多くの師に教えを求められたお釈迦様のようだと教えられます。
そうした中で、革新的な取り組みが始まりました。
一つは仏教と脳神経科学との出会いです。
仏教の教えや修行は脳や精神に良い影響を与えることが医療機器の進歩により
目に見える形で実証されました。
良い影響の中では脳の構造自体に変化をもたらすことが分かりました。
歳をとっても成長し、精神や心理、身体を改善することが出来るということです。
二つ目はなるべく宗教色を除いた形での応用です。
嚆矢はジョンカバットシン氏がマインドフルネスストレス低減法と名付けたプログラムです。
慢性疼痛、乾癬、不安障害、うつなどへの効果が検証されています。さらにチャディーメンタン氏のサーチインサイトユアセルフには企業内の研修プログラムで
受講者の創造性や生産性、幸せ度を高めたという記載があります。
更にマインドフルネスの本によると、お釈迦様の言葉としてこの教えは
知識として知るだけでは不十分で必ず実践して試してみなさいと語られています。
お釈迦様ご自身も、筏の喩によって河を渡るのに筏で渡ったとしてそれが役に立ったとして
渡った後それを担いでいくか。しない。
正しい教えですら捨て去るべき時がある。
誤った教えであれば、なおさら捨て去らねばならない。
ダライ・ラマ14世法王猊下もまた
もし仏教の教えに科学的な間違いという点があれば
改めなければならないと発言されているようです。
西欧において仏教は科学の一分野としても受容されつつあるようです。>>165
出家しているわけではないので空というものが何なのかは明確に回答は出来ない。
申し訳ない。
ただ前近代の人間にこの空という概念を理解というか受け入れさせるには相当困難だったのは想像に難くない。
社会道徳の崩壊や自意識の否定に繋がりかねないからね。(そういうものではないようだが。)
>>166
>仏教のように神のない虚無の世界を信仰する宗教
これは当時西洋ではそのような宗教であると捉えられていたという事であり、
東アジアで信仰されていた仏教の実態とは異なるということを
>>7で説明したつもりだったのですが分かりづらかったですね…。
申し訳ない。
釈迦も基本的には神や死後の世界については不可知の立場だったと聞きますね。>>177
かつての西洋ではそう看做されていた時代もあったよという話。
結局は誤解なんだが。>>179
比喩的にいえば・・・。
それ以前に、比喩としてイメージ可能か? 適切か?
にも全く自信がないのですが・・・。
「虚無」=「真空状態」
「 空 」 =「暗黒物質(ダークマター)」
とか ???
難しい哲学的なハナシで、なんとなくわかったような気分に
なれる記事としては、
http://www.chisan.or.jp/chisanha/center/forum/detail/id=355
なんていかが?かと。>>180
ありがとうございます。
空が何なのかを明確にできなければ、虚無との相違がはっきるしないと思ったので質問いたしました。
物理学の知見で空を比喩するなら、ダークマターより虚無をめざすダークエネルギーの方がすっきりするような気がします。>>183
182に説明してるけど?仏教は独裁者にとって都合が悪い宗教
個々が悟りを開き、賢くなる宗教だから
ちなみに創●学会は、仏教風味のカルト宗教西洋にもギリシャ神話、北欧神話、ケルト神話があったし、元々一神教というわけでもないと思う。
エルフとかドワーフとかそういう話も残っているし、むしろ多神教
それをキリスト教が暴力的に布教させたのだと思う。
十字軍の遠征費用を稼ぐために異教徒を襲い、強姦もしていたというし、
結局、邪教というのは、『汝、〇すなかれ』(『〇す』は禁則文字だった)とかモーゼの十戒を適用させなくてもいいということでないかな?
だからいくらでも暴力的になれる。
でも、そのキリスト教も時代に合わせて解釈も変えてきたのだろう
神道もいろんな神様が出てくるけど、日本の神はイザナギとイザナミが作った神だから、元はニ神教?>>186
さあ、日本神話の天地開闢には造化三神と言う天之御中主神・高御産巣日神・神産巣日神が初めに出てくるらしいが、余り重要視されていない。
http://kojiki.co/kojiki/story1-01.html
元ネタ意外とこれだったりして(笑)
三身一体
http://dettalant.hatenablog.com/entry/Cross-Cultural/04
仏教の衝撃 ~西洋が恐れた東方の邪教~
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