2000年代以降、いわゆるニューライト勢力の「歴史戦争」が典型的な事例だ。落星垈経済研究所を中心とする右派経済学者は、実証主義歴史観を掲げ、日帝強制支配が韓国の近代化に寄与したという主張を理論的に証明しようとしている。
日帝強占期(日本による植民地時代)の研究者がしばしば犯す誤りとして、「日本帝国または、朝鮮総督府の目的、それに関連する宣伝・扇動、恐怖による支配と監視・監督、抑圧や処罰などをほとんど扱わない」という点を挙げた。日帝は状況に応じて他の政策を展開したが、これは「植民地支配の費用を少なくして、支配にともなう利益を最大限確保する」意図だった。著者は、ニューライト経済学者が収集・整理したデータを積極的に活用し、彼らの論理を覆す。統計数値を機械的に適用するのではなく、当時の国際関係と政治・経済的文脈のなかで解釈する手法だ。
日帝の朝鮮総督府は1937年の日中戦争まで、朝鮮半島における産米増殖計画など、徹底した農業中心政策を固守した。これは、日本本土の産業政策と連携した後方の食糧基地経営の考えによるものだった。日本への米搬出を含む各種資源の供出も、「契約の自由」がなかったという点で、「輸出」ではなく「収奪」であり、「自律を装った他律」だったというのが著者の解釈だ。朝鮮半島での農事会社の設立は、日本人にだけ与えられた特権であり、朝鮮半島経済が日本経済と統合されたわけでもなかった。
日本は1937年に中国本土を侵略した日中戦争以降、朝鮮半島北部と京仁地域に製造業の工場を建設し、鉱工業の割合を高めた。しかし、これは戦争物資の生産のための兵站基地建設が目標であり、生産物資はほとんどが戦場で消耗した。1937年からの朝鮮半島の工業化について、一部の歴史家は「軍需工場化」と命名する。しかし、著者はそのような変化をまったく別に解釈する。オーストリア学派経済学は、戦争遂行目的の工業化を「戦争社会主義」または「戦争経済」と定義する。戦争社会主義は「国家が領土内の人間を含むすべての資源を、(市場原理ではなく命令と指示で)動員・配分・消耗する経済体制」であり、持続不可能なだけでなく、経済的付加価値が生活水準向上に直結することもない。通常の資本主義ではないとのことだ。
https://japan.hani.co.kr/arti/culture/53226.html
軍国主義日本は戦時社会主義、朝鮮近代化をむしろ阻害した
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