百済王族:昆支王を祀った神社があります。

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  • 1dragolion2016/10/20(Thu) 12:58:11ID:k0NDIxODA(1/3)NG通報

    大阪に、百済の王族の昆支王(?~477年7月)を祀った飛鳥戸神社があります。 飛鳥戸(Asukabe)と読みます。

    小さい神社のようですが、神社に祀られるくらいだから、良い人だったのでしょう。韓国人は知っていましたか?

    韓国の歴史書の三国史記によれば、百済第21代王蓋鹵王の子で22代王文周王の弟であり、24代東城王の父です。

    日本書紀の記録では、蓋鹵王の弟で、東城王と武寧王の父です。
    そして、雄略天皇5年(461年)に、日本に人質として献上されました。

    個人的には、武寧王の記述の正しさから、日本書紀の記述が正しいと思います。

    以下、WIKIより。

    『日本書紀』によると、雄略天皇5年(461年)4月、兄の加須利君(蓋鹵王)により日本に遣わされた。その際、蓋鹵王の夫人を一人賜り、身籠っていたその夫人が6月に筑紫の各羅嶋(加唐島)で男児を産んだ。この男児は嶋君(斯麻)と名付けられて、母子ともに百済に送り返され、後の武寧王となった。7月宮廷に入ったが、この時既に5人の子があった。雄略天皇23年(479年)4月、百済の文斤王(三斤王)が急死したため、昆支王の5人の子供のなかで、第2子の末多王が幼少ながら聡明だったので、天皇は筑紫の軍士500人を付けて末多王を百済に帰国させ、王位につけた。これが東城王である、という。
    『新撰姓氏録』では、飛鳥戸氏の祖とされ、大阪府羽曳野市の飛鳥戸神社に祭神として祀られている。
    『三国史記』の 百済本紀文周王には、文周王3年(477年)4月に「王の弟の昆支を拝し内臣佐平と為す」とあるが、同年7月に「内臣佐平の昆支卒す」とある。
    また、『宋書』百済伝に、百済王余慶(蓋鹵王)が大明2年(458年)に宋に上表文を提出し、百済の将軍11名が宋から将軍号を認められているが、その中の征虜将軍の号を受けた左賢王余昆を、昆支王と同一人物とする説もある。

  • 2名無し2016/10/20(Thu) 13:17:02ID:M5NDgwMDA(1/3)NG通報

    >>1
    神社に祀られるのは、必ずしも(時の人々にとって)善人とは限らないよ。
    でも、百済人に対して、天武系朝庭以外は好意を持っていた事は、文献からも間違いないと思います。

  • 3名無し2016/10/20(Thu) 13:57:15ID:gzNjM3NjA(1/3)NG通報

    >>1

    >個人的には、武寧王の記述の正しさから、日本書紀
    >の記述が正しいと思います。

    日本書紀の記述が正しいとなれば
    日本書紀と古事記に出てくる「天孫降臨」とは、
    一体どういう意味なのだろうか?

    我々日本人は、実は宇宙人の子孫・・・
    いや言うまい。

  • 4名無し2016/10/20(Thu) 14:00:50ID:E2ODUwNDA(1/1)NG通報

    >>3
    「三国史記」と「日本書紀」との比較の話で、だれも「日本書紀の記述はすべて真実である」なんて言ってないだろ。

  • 5名無し2016/10/20(Thu) 14:02:19ID:Y0Mzc5NjA(1/1)NG通報

    조상신을 모시는 관습은

    중국과 한국의 유교에 의한 것인가?

    재밌다.

    개인적으로 나는 유교따윈 사라져야 한다고 생각하며
    조상신따윈 안믿는다.

  • 6名無し2016/10/20(Thu) 14:04:30ID:gzNjM3NjA(2/3)NG通報

    >>4

    マジレスするなよwwww

  • 7名無し2016/10/20(Thu) 14:05:46ID:k2MTExMjA(1/4)NG通報

    >>2
    韓国人に説明します
    日本人は人に害を与える怨霊(悪人の魂)も神社に祀ります
    これは人の力が届かないものなので、神社に祀ることで怒りを収めてもらうためです

    神社は善人悪人の区別なく祀りますので、靖国神社に元A級戦犯が祀られていても日本人はおかしいと思いません

  • 8名無し2016/10/20(Thu) 14:06:01ID:gyMzYyODA(1/1)NG通報

    >>3
    多くの国で神話の神々の末裔が王として建国されるのはめずらしいことじゃない
    現在の日本みたいに神話から連綿と続いているのは世界唯一だけど

  • 9dragolion2016/10/20(Thu) 14:15:04ID:k0NDIxODA(2/3)NG通報

    >>3
    ハハw 昆支王と武寧王の関係の深さから、昆支王の記述に関しては、日本書紀の記述が正しいと言いたかったんです。

    ちなみに、日本書紀に武寧王は日本のカカラ島で生まれたから、嶋の君と呼ばれていたと記述があったんですが、韓国で武寧王の古墳が発見されて、そこに墓誌がありました。
    墓誌とはその人物の生前の功績などを書いた石碑というか石ですけど、そこに

    「寧東大将軍百済斯麻王、年六十二歳、癸卯年(523年)五月丙戌朔七日壬辰崩到」と書いてありました。 「斯麻」で「Shima」と読み、嶋の君という日本書紀の記述が正しいと立証されました。

  • 10名無し2016/10/20(Thu) 14:17:14ID:k2MTExMjA(2/4)NG通報

    >>5
    日本の神道は儒教から始まったものではありません
    もっとはるか昔の原始的なアニミズム、シャーマニズムから始まったものです

  • 11思金2016/10/20(Thu) 14:17:23ID:M1MDQyMjA(1/1)NG通報

    >>5
    系統が途絶えるとそう思うかもしれないですね。
    継続して一族で支えているとまた別ですよ。
    自分の先祖や親族が分かりますからね。
    歴史が長いので一大集団ですが。

  • 12dragolion2016/10/20(Thu) 14:25:26ID:k0NDIxODA(3/3)NG通報

    >>5
    いや、確実に儒教の影響ではない。
    韓国人には想像もつかないでしょうが、日本人は曾祖父母、高祖父母くらいまでさかのぼると、名前も知らない場合がある。

    私も曾祖父の名前は知らない。調べれば分かるだろうけど。
    つまり、先祖を大事にする儒教では考えられない。

    これは一つの家というより、人類とか自然とかを同一のものと考えて、家だけではなく、神社があるその地域、自然、人間、全体が栄えるように祀るのが神社です。

  • 13名無し2016/10/20(Thu) 17:45:29ID:gzNjM3NjA(3/3)NG通報

    >>4
    「マジレスするなよwwww」
    と乱暴な返信したことをお許しください。

    >>8
    >多くの国で神話の神々の末裔が王として・・・

    そう言われてみると、そうですね・・・。
    私は、凡人なので今まで上記のことを考えてみたこともなかったです・・・。

    >>9
    色々と教えて下さってありがとうございます。

  • 14名無し2016/10/20(Thu) 17:54:55ID:U2ODkxNDA(1/1)NG通報

    >>5
    儒教は関係ないと思う
    自然信仰、アミニズムが発達したひとつの姿だと考察する

  • 15名無し2016/10/20(Thu) 19:29:00ID:M5NDgwMDA(2/3)NG通報

    >>7
    失礼な野郎だな!
    俺は日本人だバカ野郎!w

  • 16名無し2016/10/20(Thu) 19:40:53ID:k2MTExMjA(3/4)NG通報

    >>15
    韓国人にレスの内容を詳しく説明しただけです
    日本人なら文脈を読み取りましょう

  • 17名無し2016/10/20(Thu) 21:15:43ID:M5NDgwMDA(3/3)NG通報

    >>16
    アンカー先ミスしただけかと思えば、本当に馬鹿なんだな。
    アンカー先にされた俺が間違う程度の日本語を、韓国人が理解するのかよ?
    しかも冗談すら通じてない。
    お前、本当に日本人?www

    これは真面目に呆れての、嘲りだかならな。お間違いなくね♪

  • 18名無し2016/10/20(Thu) 22:24:17ID:k2MTExMjA(4/4)NG通報

    >>17
    黙れよ馬鹿

  • 19名無し2016/10/21(Fri) 00:39:38ID:EwMjk5OTQ(1/1)NG通報

    >>17
    日本人なら理性を大事にね。

  • 20ナナシー2016/10/21(Fri) 09:47:43ID:gzNzg1MjY(1/1)NG通報

    >>3
    世界的に神話とつながってる古代の歴史書なんていくらでもある。それが真実ではないから全てが間違ってるなんて考え方はまさに日本の歴史学界のようで情けない。

  • 21名無し2016/10/21(Fri) 11:37:17ID:c0MzI1ODM(1/1)NG通報

    >>5
    儒教には全く関係ないものですよ。
    社稷と言う言葉がありますが、
    「社」は土地の神を祀る祭壇であり、
    「稷」は穀物の神を祀る祭壇です。
    儒教が出来る遥か以前に、中国の「殷」若しくは「夏」の時代からありました。
    尤も、この様な例は世界中で見られますので、
    原始宗教一般の事だと思います。
    この神社の場合、この地を与えられた昆支王が土地を開拓し、
    その一族や子孫から尊崇を受けた結果、
    この地の「神」として祀られたものでしょう。

  • 22名無し2016/10/21(Fri) 13:10:48ID:YxNzEzMzc(1/1)NG通報

    >>21
    雄略天皇5年(461年)に、日本に人質として渡来。
    飛鳥戸に住んでいて、祀られているなら、祀ったのは昆支王の子孫だね。
    先祖を祀る事で、子孫を保護して貰う。

  • 23名無し2016/10/23(Sun) 03:52:35ID:U3OTA3NzM(1/1)NG通報

    このスレ立てたdragolionって散々日本をバカにしたコメント書いてた奴じゃん。
    よくこんな奴が立てたスレにマジレスしてんな。

  • 24名無し2016/10/23(Sun) 10:09:01ID:c2MzY3OTc(1/1)NG通報

    儒教で思うのが鬼子母神様のお話

    安産・子育の神様、鬼子母神のご尊像は、1561年(永禄4年)1月16日
    お像を清め、東陽坊という寺に納めたんだ

    あまりにも霊験顕著だったので東陽坊の一僧侶が、ひそかにご尊像を自身の故郷に持ち帰ったんだ

    ところが故郷では、一僧侶の意に反してたちまち病気や事故の不幸に見舞われ続け
    その故郷の人々が大いに畏れ、再び東陽坊に戻したんだ。

    その後、信仰はますます盛んになるのだけど

    魂抜きもお清めもすべき事を何もせずに、ご尊像を物のように扱うのは
    とても恐ろしい事を韓国はしてると思う。